遺産分割で他の相続人の特別受益を主張したい方へのアドバイス
弁護士 石田 優一
弁護士 是永 淳志
遺産分割の話合いや、調停の中で、相続人の1人が「特別受益」を得ていたことが問題になるケースがあります。「特別受益」とはそもそも何なのか、どんなときに主張すべきなのか、ご紹介します。
第1章 特別受益の持戻しとは?
1 基本的な考え方
【ケース1】 1か月前に、母親が亡くなりました。相続人は、私と兄、妹の3人です。母親の遺産は、預金1200万円のみでした。兄からは、「預金を400万円ずつ分けたい」と提案されています。 しかし、兄は、3年前に、自宅を購入する際、母親から300万円の援助を受けていました。それにもかかわらず、遺産を3分の1ずつ分けることに、納得がいきません。 |
このようなケースで、私と兄、妹が遺産を3分の1ずつ分けるのは、不公平な感じがします。私や妹は、法律的に、どのような主張をすることができるのでしょうか。法律上、次のように考えます。
このようなケースにおいて、兄が自宅の購入のために援助を受けたお金を、「特別受益」といいます。「特別受益」がある場合は、遺産分割の基準となる「具体的相続分」について、次のように考えます(民法903条1項)。
(1) 遺産の額に、兄が母親から受けた「特別受益」を加算して、「みなし相続財産」とします。 (遺産)1200万円+(特別受益)300万円=1500万円(みなし相続財産) (2) みなし相続財産に、法定相続分をかけて、各相続人の「一応の相続分」を計算します。 【私】1500万円×(法定相続分1/3)=500万円(一応の相続分) 【兄】1500万円×(法定相続分1/3)=500万円(一応の相続分) 【妹】1500万円×(法定相続分1/3)=500万円(一応の相続分) (3) 「一応の相続分」から、特別受益の額を引きます。 【私】500万円-(特別受益)0円=500万円(具体的相続分) 【兄】500万円-(特別受益)300万円=200万円(具体的相続分) 【妹】500万円-(特別受益)0円=500万円(具体的相続分) |
このように計算して得られた各相続人の「具体的相続分」が、遺産分割の際に各相続人が受け取るべき額の基準となります。
特別受益の額を遺産の額に加算して「みなし相続財産」とする点が、「まるで特別受益分を遺産の中に戻した」ように見えるので、(実際に受け取ってお金を返すわけではありませんが)「特別受益の持戻し」といいます。
2 特別受益の額が多すぎることを理由に返還を求めることは?
ちなみに、相続人の1人の特別受益が多すぎることを理由に、遺産分割の際に、その分を他の相続人に返還するように求めることはできるのでしょうか。次のようなケースを考えましょう。
【ケース2】 1か月前に、母親が亡くなりました。相続人は、私と兄、妹の3人です。母親の遺産は、預金1200万円のみでした。兄からは、「預金を400万円ずつ分けたい」と提案されています。 しかし、兄は、3年前に、自宅を購入する際、母親から900万円の援助を受けていました。それにもかかわらず、遺産を3分の1ずつ分けることに、納得がいきません。 |
さて、先ほどと同じ考え方で、具体的相続分を考えてみます。
(1) 遺産の額に、兄が母親から受けた「特別受益」を加算して、「みなし相続財産」とします。 (遺産)1200万円+(特別受益)900万円=2100万円(みなし相続財産) (2) みなし相続財産に、法定相続分をかけて、各相続人の「一応の相続分」を計算します。 【私】2100万円×(法定相続分1/3)=700万円(一応の相続分) 【兄】2100万円×(法定相続分1/3)=700万円(一応の相続分) 【妹】2100万円×(法定相続分1/3)=700万円(一応の相続分) (3) 「一応の相続分」から、特別受益の額を引きます。 【私】700万円-(特別受益)0円=700万円(具体的相続分) 【兄】700万円-(特別受益)900万円=-200万円(具体的相続分) 【妹】700万円-(特別受益)0円=700万円(具体的相続分) |
先ほどと同様に計算すると、兄の具体的相続分がマイナスになってしまいました。ということは、兄は、私や妹に対して、200万円(100万円ずつ)を返さなければならないのでしょうか。決して、そのようなことはありません。あくまでも、「特別受益の持戻し」は、まるで特別受益分を遺産の中に戻したように「頭の中で考える」だけで、実際に相続人にお金を返すように求める制度ではないからです。
では、このようなケースでは、具体的相続分をどのように考えるのでしょうか。(他の見解もありますが)この場合は、私と妹が、先ほど計算した具体的相続分の割合に従って、具体的相続分の額を決めます。
先ほどの計算結果で、具体的相続分は、「私:妹=1:1」となりました。そこで、母親の遺産1200万円をこの比率で分けると考えて、具体的相続分の額を決めます。
【私】遺産1200万円×(1/2)=600万円(具体的相続分) 【妹】遺産1200万円×(1/2)=600万円(具体的相続分) 【兄】0円 |
3 ここまでのまとめ
相続人の1人に特別受益がある場合の計算方法は、一見すると複雑です。ただ、「相続人に公平に亡くなった方の財産を分配する制度である」と意識したうえで計算方法を見ていくと、その意味を理解することができます。
第2章 「特別受益」に該当するのはどんなもの?
民法
(特別受益者の相続分)
第903条 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、・・・。
2 ・・・
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「特別受益」に該当するものは、(1)遺贈と、(2)「婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として」受けた生前贈与です。
被相続人が亡くなった後に受け取る「遺贈」は、(被相続人が異なる意思を示さない限り)常に特別受益に該当しますので、あまり紛争になることはありません。一方で、生前贈与については、特別受益に該当する場合が「婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として」受けたものに限定されていますので、しばしば該当するのか?該当しないのか?をめぐって紛争になってしまいます。
いくつか、特別受益に該当するか否かが問題になるケースを、ご紹介します。
1 婚姻のための贈与とは?
【ケース3】 兄は、兄の妻と結婚する際に、(亡くなった)母親から、結婚準備金として100万円を受け取っていました。また、挙式前に、その費用の大部分である200万円を支払ってもらいました。 |
結婚準備金のような持参金・支度金は、少額でない限り、特別受益に該当すると評価されることが多いです。このケースでも、結婚準備金100万円は、特別受益に該当すると評価されるように思われます。
一方、結納金や結婚式の費用は、特別受益に該当しないと判断されるケースがあります。なぜなら、これらの費用は、親が自分たちのために費やした契約費用として一般に判断できるためです。
ただ、結納金や結婚式の費用であっても、一部の相続人だけに多額の結婚式費用を支払ったという事情があれば、相続人間の公平の観点から、特別受益に該当すると評価される可能性が高まります。このケースでも、母親が、兄に対してのみ、200万円という高額な結婚式費用を支出したのであれば、特別受益に該当すると評価されうるように思われます。
2 生計の資本としての贈与とは?
(1) 大学の学費
【ケース4】 兄は、国立大学の文学部に進学し、母親から、学費の大半を援助してもらいました。 |
大学の学費について特別受益に該当するかどうかは、一律に該当すると考える立場や、子に対する扶養の範囲を超えたものに限って該当すると考える立場など、様々な考え方があります。
ケースバイケースではありますが、被相続人の資産状況などに照らして、学費の援助額が特段大きいと評価される場合は、特別受益に該当するとされる可能性が高いです。
(2) マイホームの購入費用
【ケース5】 兄は、マイホームを購入する際に、母親から、頭金を援助してもらいました。 |
自宅不動産については、一般に、特別受益に該当するとされる可能性が高いです。
(3) 自宅を建てる土地の無償提供
【ケース6】 兄は、母親が所有する土地のうえに、マイホームを建てることになりました。 |
このようなケースでは、母親が、「土地を無償で使用する権利」を与えていますので、その権利の価値に相当する額が特別受益として評価される余地があります。もっとも、母親が同居することを前提にしている場合は、特別受益に該当しないと判断されやすいと思われます。
(4) 借金の肩代わり
【ケース7】 兄は、200万円のキャッシングをしていましたが、その全額を母親が代わりに返しました。 |
ケースバイケースではありますが、被相続人が代わりに債務を返済したことをもって、直ちにそれが特別受益に該当するとはいえません。なぜなら、債務を代わりに返済すると、求償権(代わりに返した分を返還するように求める権利)が発生するため、原則として「贈与」とはいえないからです。
ただし、この場合、被相続人が亡くなった場合には、相続人が求償権を相続することになります。その結果、借金の肩代わりをしてもらった相続人は、他の相続人から、求償権の行使を受けて、肩代わり分を他の相続人に支払わなければなりません。ですから、特別受益が認められる場合と近い結論になります。
(5) 生命保険金
【ケース8】 兄は、母親が亡くなった際に、生命保険を受け取りました。 |
生命保険金は、原則として、特別受益には該当しません。生命保険金を請求する権利は、保険契約に基づいて発生するもので、「贈与」には当たらないからです。
ただし、相続人の1人が多額の生命保険金を受け取り、結果、相続人間で著しい不公平が生じる場合、生命保険金も「特別受益に準じるもの」として扱われることがあります(最決H16.10.29)。
第3章 他の相続人の「特別受益」を主張したい方へ
最後に、他の相続人の「特別受益」を主張したい方に向けて、ポイントをいくつかご紹介します。
1 遺産分割の話合いが進まないときは調停の申立てを
特別受益の持戻しは、被相続人が亡くなってから10年経過後の遺産分割において主張することができません(民法904条の3)。ただし、10年経過前に家庭裁判所に遺産分割の請求をすれば、遺産分割の成立が10年経過後になっても、特別受益の持戻しを主張することができます。
遺産分割の話合いが長期間停滞している場合は、このような問題が生じないように、遺産分割の調停を申し立てる必要があります。
また、早期に遺産分割を進めることは、時間の経過によって証拠の調査が困難になることを防ぐ意味もあります。
遺産分割は、長期間寝かせることなく、早期に進めていくことが大切です。
2 特別受益の有無が分からないときは調査が必要です
他の相続人が特別受益者であるか分からないときは、調査が必要です。
調査方法として、例えば、次のようなものが考えられます。
・被相続人の預貯金通帳や入出金履歴 ・不動産の登記情報 ・被相続人とのSNSでの投稿 ・親族から聴取した情報 |
3 特別受益について争いたいときは弁護士への依頼をおすすめします
特別受益について主張したい場合は、弁護士へのご相談をおすすめします。なぜなら、特別受益については、このコラムで取り上げたように難しい論点が多く、さらに、そもそも特別受益の有無を調査する際に難航するケースが多いためです。弁護士にご相談いただくことで、「どうすれば有利に争えるか」筋道を立てることができます。
また、弁護士に依頼することで、話合いをどこで切り上げて調停に進むべきか、さらに、次のステップである審判に進むべきかといった難しい問題について、専門家ならではの判断を仰ぐことができます。
当事務所では、遺産分割に関する様々な紛争事例を解決して参りました。お悩みのことは、ぜひ「みお神戸」の弁護士へご相談ください。