熱中症対策義務化で変わる?熱中症労災事件の争い方

弁護士・社会保険労務士 石田 優一
1 令和7年6月、熱中症対策義務化へ
労働安全衛生規則の改正で、令和7年6月から、事業者に対して熱中症対策が義務づけられました。これにより、今後、仕事中に熱中症で倒れた労働者が、事業者の責任を追及しやすくなると考えられます。
このコラムでは、今回の改正で熱中症の労災事件の争い方がどのように変わるのかを、詳しく解説したいと思います。
2 どのように改正されたか?
(1) これまでの運用
熱中症対策については、これまでも、平成21年の「職場における熱中症の予防について」という通達がありました。この通達は、当道府県労働局に向け、事業者に対する熱中症対策の指導を求めるものです。
この通達には、作業中の気温・湿度の測定や、休憩場所の整備、作業時間の短縮、熱になれるための期間(順化期間)の設定、透湿性・通気性のよい服装への配慮、日常の健康管理などの対策を、「必要に応じて」「実施することが望ましい」と定められていました。
もっとも、通達に示されていることは、あくまでも、都道府県労働局が「望ましい対策」として指導すべき対策に過ぎませんでした。
(2) 改正によって変わったこと
今回の労働安全衛生規則の改正で、次の2点が、事業者の義務として明記されました。
(a) 熱中症を発症した労働者の発見時に報告を受けることができる体制の整備
熱中症を生じるおそれのある作業に労働者を従事させる場合には、労働者が熱中症の自覚症状を訴えるときや、周囲に熱中症が疑われる労働者がいるときに、報告を受けることができる体制を整備して、社内周知しなければならないことが義務づけられました。
炎天下での作業など、熱中症の危険がある作業においては、熱中症を訴える人が現れたときにだれにどのような手順で連絡をするかを、明確に決めておく必要があります。
(b) 熱中症の危険がある作業に従事させる場合における熱中症対策
熱中症を生じるおそれのある作業に労働者を従事させる場合には、あらかじめ、次のような対策の内容と実施手順を定めて、社内周知しなければならないことが義務づけられました。
・(熱中症発症時の)作業からの離脱・身体の冷却・(必要に応じて)医師の診察
・その他熱中症の症状の悪化を防止するために必要な措置
炎天下での作業など、熱中症の危険がある作業においては、熱中症対策マニュアルを策定するなどして、発症者に対して迅速な対応を行えるようにしておく必要があります。
3 熱中症の労災が問題になった裁判例
熱中症の労災が問題になった裁判例として、大阪高判平成28年1月21日があります。
(1) 事案の概要
この事案は、就労初日、炎天下での庭木の伐採・清掃作業に従事していた労働者が、熱中症によって死亡したものです。労働者は、朝から仕事を開始したところ、午後2時頃に体調不良となりました。それにもかかわらず、事業者は、そのまま労働者を現場に放置し、1時間半以上にわたって救急車を呼びませんでした。その結果、労働者は、死亡するに至りました。
(2) 判決の要旨
大阪高裁は、結論として、事業者の損害賠償責任(安全配慮義務違反)を認めています。その根拠として、先ほど紹介した平成21年の通達のほか、事業者が加入していた組合の「造園だより」で熱中症の危険性が取り上げられていたこと、事業者が熱中症対策が法的義務であることを自認している(自分で認めている)こと等を詳細に挙げています。
(3) 裁判例の読み方
一見すると、この裁判例は、平成21年の通達を根拠に事業者の損害賠償責任を認めたケースのように読めます。しかし、深く読み込むと、平成21年の通達については、あくまでも「根拠となり得る」と指摘するにとどめられています。裁判所は、平成21年の通達だけを根拠に安全配慮義務を認めることには慎重な考えであるからこそ、「造園だより」や事業者の自認などの事情も考慮して、安全配慮義務違反を認めたものと思われます。
4 今回の改正が労災事件の争い方にどう影響するか?
今回の改正によって、事業者に熱中症対策の義務があることが法律上明確になりました。これにより、今後は、熱中症による労災事件について、安全配慮義務違反が認められやすくなるものと考えられます。
・熱中症を発症した労働者がいる場合にどのように情報連携をするか
・熱中症を発症した労働者への応急処置や救急搬送などをどのような流れで行うか
以上のような内容を事業者がマニュアルなどで定め、社内周知していなかったために、熱中症を発症した労働者への救助が遅れた場合、事業主への損害賠償責任を追及しやすくなると考えられます。
5 熱中症の労災事件を争い方へ
熱中症で大切な家族を失った方や、熱中症で重い後遺障害が残ってしまった方は、労災認定だけではなく、事業者に対する損害賠償請求もご検討ください。
当事務所は、熱中症に限らず、過労死や、長時間労働による脳血管疾患の発症、作業現場での負傷など、様々な労災事案に対応しております。
労災問題でお困りの方は、ぜひ当事務所にお問い合わせください。初回無料で弁護士がご相談をうかがいます。