養育費が支払われないときは?|新しい先取特権について弁護士が解説
- <このコラムでお伝えしたいこと>
- 1 はしがき
- 2 これまで、養育費の回収はなぜ難しかったのでしょうか?
- (1) なぜ差押えのハードルが高かったのですか?
- (2) 相手の勤務先が分からなくなると、なぜ回収が難しくなるのですか?
- 3 養育費に認められた「先取特権」とは何ですか?
- (1) 先取特権とは何ですか?
- (2) どの範囲の養育費が対象になりますか?
- (3) 取り決めがなくても請求できる「法定養育費」とは何ですか?
- 4 差押えは、どのように簡単になるのですか?
- (1) 合意書だけでも差押えができるのですか?
- (2) 財産の調査から差押えまで一度にできる「ワンストップ化」とは何ですか?
- (3) それでも公正証書を作っておくべきですか?
- 5 養育費の不払いにお悩みの方へ
- <Q&Aまとめ>
- Q1.令和8年(2026年)4月から、養育費の差押えは何が変わりますか?
- Q2.先取特権で優先して回収できる金額に上限はありますか?
- Q3.合意書だけでも差押えはできますか?
- Q4.取り決めをせずに離婚した場合でも、養育費を請求できますか?
- Q5.それでも公正証書は作っておくべきですか?
弁護士 石田 優一
<このコラムでお伝えしたいこと>
令和8年(2026年)4月から、養育費に先取特権が認められ、合意書だけでも差押えを申し立てやすくなります。ただし、これはあくまで救済策です。離婚前に公正証書などで取り決めておくことが、いざというときの回収にはやはり有効です。受け取る側が知っておきたい要点を弁護士が解説します。1 はしがき
「きちんと取り決めたのに、養育費が途中から支払われなくなった」。そうしたお悩みは、けっして珍しいものではありません。
実際にご相談にいらっしゃる方の多くは、支払いが数か月とどこおったころに、ようやく相談を決意されます。
こうした養育費の不払いに対して、令和8年(2026年)4月1日から、大きな制度改正が始まります。改正の柱の一つが、養育費への「先取特権」の付与と、差押え手続の簡素化です。
このコラムでは、養育費を受け取る側の方に向けて、何がどう変わるのか、そして受け取る側として何を備えておくべきかを、弁護士がご説明します。
2 これまで、養育費の回収はなぜ難しかったのでしょうか?
(1) なぜ差押えのハードルが高かったのですか?
養育費が支払われないとき、最終的な回収手段になるのが「差押え」です。差押えとは、相手の給料や預金などをおさえ、そこから回収する裁判所の手続です。
もっとも、これまでの差押えには、高いハードルがありました。なぜなら、差押えをするには、原則として「債務名義」が必要だったからです。
債務名義とは、強制執行をしてよいというお墨付きのある文書です。具体的には、裁判所の判決や調停調書、または公正証書などがこれにあたります。
実際のご相談でも、差押えの申立てまでの負担が大きな壁になっている、という声をたびたびうかがいます。とりわけ、申立ての書類をそろえて裁判所に出すまでのステップに、ハードルを感じる方が少なくありません。
ただ、こうしたハードルの高さから、相談にすら至らず、回収そのものをあきらめてしまう方も多いと思われます。
(2) 相手の勤務先が分からなくなると、なぜ回収が難しくなるのですか?
給料の差押えは、相手の勤務先が分かっていることが前提になります。なぜなら、差押えは、勤務先を特定して、その勤務先に対して申し立てる必要があるからです。
離婚のときに財産分与をしっかり話し合っていれば、相手の収入や資産の手がかりが残りやすいといえます。もっとも、時間がたって相手が転職すると、勤務先が分からなくなり、給料の差押えが一気に難しくなります。
ですから、DVなど、連絡を続けること自体に問題がある場合を除けば、離婚後もお子さまの面会交流などの機会に、相手の近況を把握しておくことが望ましいです。
3 養育費に認められた「先取特権」とは何ですか?
ここまで、これまでの回収の難しさをご説明しました。ここからは、令和8年(2026年)4月からの改正で何が変わるのかを、順にご説明します。
(1) 先取特権とは何ですか?
先取特権とは、ほかの債権者に優先して、相手の財産から弁済を受けられる権利です。今回の改正で、養育費にこの先取特権が認められました(改正後の民法306条3号、308条の2)。
一般に、先取特権があると、判決などの債務名義がなくても、担保権の実行という形で差押えを申し立てられます。具体的には、権利があることを示す文書を裁判所に出せば足ります。
ですから、受け取る側にとっては、差押えの入口が広がることになります。
(2) どの範囲の養育費が対象になりますか?
もっとも、取り決めた養育費の全額に先取特権が認められるわけではありません。対象は「子の監護に要する費用として相当な額」に限られます(民法308条の2)。
その具体的な上限は、法務省令(令和7年法務省令第56号)で、子ども1人あたり月額8万円と定められています(令和8年4月1日施行)。たとえば、お子さまが2人であれば、優先的に回収できるのは月額16万円までとなります。
(3) 取り決めがなくても請求できる「法定養育費」とは何ですか?
法定養育費とは、養育費の取り決めがないまま離婚した場合でも、取り決めができるまでの間、暫定的に請求できる養育費です(民法766条の3)。金額は、子ども1人あたり月額2万円です(令和8年4月1日以降に離婚した場合が対象)。
ただ、金額が低いため、ないよりはよい、という程度の意味にとどまります。やはり、養育費は明確に取り決めて、書面にしておくことが大切です。
4 差押えは、どのように簡単になるのですか?
差押えが簡単になるといえる理由は、次の2つです。1つは合意書でも差押えができること、もう1つは手続がまとめられることです。まず、改正の前後を整理します。
| 改正前 | 令和8年4月からの改正後 | |
|---|---|---|
| 差押えに必要な文書 | 判決・調停調書・公正証書などの債務名義 | 養育費の合意を示す文書(合意書など)でも可 |
| 合意書だけの場合 | まず調停・審判・訴訟で債務名義を取得する必要 | 先取特権による担保権実行として差押えを申立て可 |
| 優先して回収できる額 | 取り決めた全額(債務名義の範囲) | 子1人あたり月額8万円が上限(超える分は債務名義が必要) |
| 対象となる養育費 | ― | 令和8年4月1日以降に発生した養育費に限る |
(1) 合意書だけでも差押えができるのですか?
改正後は、公正証書などの債務名義がなくても、養育費の合意を示す文書があれば、差押えを申し立てられるようになります。
先取特権を使う場合、権利があることを証明する文書を執行裁判所に出せば、差押えを申し立てられます(民事執行法193条1項)。養育費では、協議離婚のときの合意書がこれにあたると考えられています。
協議離婚を早く進めるために、公正証書までは作らず、通常の離婚合意書だけで離婚する方は多いと思います。そうしたケースの救済策として、今回の改正には大きな意味があります。
【具体例】神戸市にお住まいのAさんが、協議離婚を早く済ませるため、公正証書は作らず、離婚合意書だけで離婚したとします。その後、相手からの養育費が数か月とどこおった場合、改正後であれば、Aさんはこの合意書をもとに、先取特権による差押えを申し立てられると考えられます。もっとも、優先して回収できるのは、子ども1人あたり月額8万円までです。
裁判所のWebサイトの説明でも、合意・調停調書・公正証書などで取り決めた養育費について、先取特権による担保権の実行ができるとされています。
(2) 財産の調査から差押えまで一度にできる「ワンストップ化」とは何ですか?
もう1つの改正が、手続の「ワンストップ化」です。相手の勤務先や口座を調べる手続から差押えまでを、一度の申立てでまとめて進められるようになります。
ただ、手続がまとまっても、一般の方がご自身で進めるハードルが高いことに、大きな変わりはないと思われます。実際、ご自身で試みて行き詰まるより前に、はじめから回収をあきらめてしまう方が多いのが実情です。
ですから、この手続は、弁護士が関わることで、はじめて使いこなしやすくなる面があります。
(3) それでも公正証書を作っておくべきですか?
結論として、公正証書を作っておくことをおすすめします。なぜなら、先取特権や法定養育費は、あくまで救済策であって、ベストな策ではないからです。理由は、次の3つです。
第1に、優先して回収できるのは月額8万円までです。取り決めた養育費がこれを超える場合、超える分を含めて全額を回収するには、やはり債務名義が必要になります。
第2に、先取特権による差押えは、令和8年4月1日以降に発生した養育費に限られます。それより前の未払分の回収には、債務名義が必要です。
第3に、公正証書は、公証人が関与するため、取り決めの内容や成立を後から争われにくい、という強みがあります。
なお、公正証書を作る費用が気になる方もいらっしゃるかもしれません。神戸市では、養育費の取り決めを促すため、公正証書の作成費用などについて、上限5万円・1回限りで補助を受けられる制度があります。お住まいの自治体によって取扱いが異なる場合がありますが、こうした制度も利用しながら、確実な取り決めを整えておくことが望ましいです。
なお、合意書が「権利を証明する文書」として足りるかどうかは、その内容や体裁によっては問題になり得ます。この点は今後の運用に委ねられる部分があり、現時点では見通しがはっきりしないところがあります。
公正証書を作るときは、いくつかの工夫が有効です。たとえば、相手の勤務先や住所が変わったときの通知義務を定めておくと、後の回収に役立ちます。
また、特別な事情があるときに養育費の増額を認める場合は、その事由をできるだけ具体的に明示しておくことが望ましいです。
とりわけ、私立学校や大学の学費、入院や手術などの大きな出費は、あらかじめ増額の理由として合意しておくことをおすすめします。なぜなら、支払いがとどこおりがちな相手と、後からこうした負担を一から協議するのは、難しいことが多いからです。
5 養育費の不払いにお悩みの方へ
「取り決めたのに払ってもらえない」「相手と連絡が取れず、どうしてよいか分からない」。そうお悩みの方は、少なくありません。
先にお伝えしたとおり、手続のハードルの高さから、回収をあきらめてしまう方は多いと思われます。しかし、あきらめてしまう前に、まずはご相談いただくことをおすすめします。
たとえば、回収を見据える場合、あえて相手に督促の連絡をせず、いきなり差押えに踏み切るほうが、心理的な効果が大きいこともあります。もっとも、これは債務名義や合意書、相手の勤務先の把握など、事前の備えが整ってはじめて選べる方法です。
反対に、取り決めが口約束だけで、まず調停から始めざるをえず、回収まで遠回りになるケースもよくあります。
養育費の回収では、差押えの見通しの検討、必要な書類の作成、裁判所への申立て、相手方とのやり取りなどを、受け取る側に代わって弁護士が進めることができます。
神戸市やその周辺で、養育費の不払いにお悩みの方は、弁護士法人みおにお気軽にご相談ください。
<Q&Aまとめ>
Q1.令和8年(2026年)4月から、養育費の差押えは何が変わりますか?
A1.養育費に先取特権が認められ、公正証書などの債務名義がなくても、養育費の合意を示す文書があれば差押えを申し立てられるようになります。あわせて、財産の調査から差押えまでを一度の申立てでまとめて進められるようになります。
Q2.先取特権で優先して回収できる金額に上限はありますか?
A2.あります。子ども1人あたり月額8万円が上限です(法務省令)。これを超える分を含めて全額を回収するには、判決や公正証書などの債務名義が必要です。
Q3.合意書だけでも差押えはできますか?
A3.改正後はできます。もっとも、優先して回収できるのは月額8万円までで、対象も令和8年4月1日以降に発生した養育費に限られます。合意書の内容によっては、権利を証明する文書として足りるかが問題になる可能性もあります。
Q4.取り決めをせずに離婚した場合でも、養育費を請求できますか?
A4.令和8年4月1日以降に取り決めなく離婚した場合は、取り決めができるまでの間、子ども1人あたり月額2万円の法定養育費を請求できます。ただし暫定的な制度で金額も低いため、正式な取り決めをすることが大切です。
Q5.それでも公正証書は作っておくべきですか?
A5.おすすめします。先取特権や法定養育費は救済策であって、ベストな策ではありません。離婚前に公正証書や調停で取り決めておくことが、いざというときの回収可能性を高めます。





