働き過ぎで倒れたら?労災で通院を始める前に知っておくべきこと
- <このコラムでお伝えしたいこと>
- 1 はしがき
- 2 労災保険では、どのような治療の給付が受けられますか?
- (1) 「療養の給付」とは何ですか?
- (2) 労災指定でない病院にかかった場合はどうなりますか?
- (3) 過労による脳の病気も給付の対象になりますか?
- 3 病院はどこにかかればよいですか?
- (1) 労災指定病院かどうかで何が変わりますか?
- (2) 救急搬送先が労災指定でなかったときはどうすればよいですか?
- (3) 途中で病院を変えるときの手続は?
- 4 通院の前に準備する書類と手順は?
- (1) 様式第5号には何を書きますか?
- (2) 会社が証明してくれないときはどうなりますか?
- (3) 労働時間の資料は自分で集めなければなりませんか?
- 5 うっかりやってしまいがちなことはありますか?
- (1) 健康保険証で受診してしまった場合はどうなりますか?
- (2) 請求に期限はありますか?
- (3) 通院の交通費は請求できますか?
- 6 そもそも過労が原因と認めてもらえますか?
- (1) 労災認定の3つの要件とは何ですか?
- (2) 残業が月80時間に届かないと認められませんか?
- 7 弁護士のサポート
- <Q&Aまとめ>
- Q1.過労で脳梗塞になった治療費は労災で払ってもらえますか?
- Q2.労災で通院するとき、最初に出す書類は何ですか?
- Q3.会社が労災の書類に証明してくれません。どうすればよいですか?
- Q4.健康保険証で受診してしまいました。労災に切り替えられますか?
- Q5.労災の請求は何年でできなくなりますか?
- Q6.通院の交通費は労災で出ますか?
弁護士 石田 優一
<このコラムでお伝えしたいこと>
過労で脳梗塞や脳出血を発症したとき、労災保険なら治療費の自己負担なく通院できます。ただし労災指定病院かどうかで使う様式が変わります。通院前に知っておきたい書類と手順、会社が証明しないときの対応をご説明します。
1 はしがき
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働きすぎが続いていたご家族が、ある日突然倒れて救急搬送される。脳梗塞や脳出血と診断され、集中治療室で説明を受ける。そうした場面で、ご家族が最初に直面するのは「これからの治療費はどうなるのか」という不安です。
実は、過重な仕事が原因で脳の病気を発症した場合、その治療は労災保険の対象になり得ます。ところが、その入口にあたる手続を知らないまま時間が過ぎてしまうことが少なくありません。過重労働による労災の申請は近年増えており、この夏には全国一斉の電話相談窓口も開設されました。
そこでこのコラムでは、過労で脳の病気を発症された方とそのご家族に向けて、通院前から知っておきたい書類と手順をご説明します。会社が証明に応じてくれないときの対応も取り上げます。
2 労災保険では、どのような治療の給付が受けられますか?
(1) 「療養の給付」とは何ですか?
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療養の給付とは、労災指定の病院や薬局などで、治療や薬の支給を窓口負担なしで受けられる給付です。労災の給付は、自己負担なく治療を受けられる労災保険の仕組みです。
診察、薬剤や治療材料の支給、処置や手術その他の治療、看護、病院への入院、移送が対象です。
(2) 労災指定でない病院にかかった場合はどうなりますか?
この場合は、療養の給付ではなく「療養の費用」の支給を受けます。療養の給付をすることが困難な場合などには、療養の給付に代えて療養の費用が支給されます。
療養の費用は現金給付です。ですから、いったんご自身で医療費を支払い、あとから支給を受ける流れになります。
(3) 過労による脳の病気も給付の対象になりますか?
対象になり得ます。厚生労働省のパンフレット「脳・心臓疾患の労災認定」によれば、認定基準の対象疾病には、脳内出血(脳出血)、くも膜下出血、脳梗塞、高血圧性脳症が挙げられています。心疾患では、心筋梗塞、狭心症、心停止、重篤な心不全、大動脈解離が対象です。
3 病院はどこにかかればよいですか?
(1) 労災指定病院かどうかで何が変わりますか?
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窓口での支払いの有無と、提出する様式が変わります。療養の給付を行う医療機関は、社会復帰促進等事業として設置された病院や診療所(いわゆる労災病院)と、都道府県労働局長の指定する病院、診療所、薬局、訪問看護事業者に限られます。これらは、まとめて「指定病院等」と呼ばれるものです。
ご相談の中には、労災指定の病院やクリニックに通う必要があること自体をご存じでなかった、というケースが少なくありません。ここが最初の分かれ道になります。
両者の違いは次の表のとおりです。いずれも業務災害(仕事が原因の場合)を前提としています。
| 労災指定病院・薬局など | 労災指定でない病院・薬局 | |
|---|---|---|
| 窓口での支払い | 支払いは不要です(現物給付) | いったん支払い、あとから請求します |
| 使う様式 | 様式第5号(療養の給付請求書) | 様式第7号(1)(療養の費用請求書) |
| 提出先 | その病院などを経由して所轄の労働基準監督署長へ | 所轄の労働基準監督署長へ提出します |
| 請求の期限 | 現物給付のため期限は問題になりません | 費用の支出が確定した日の翌日から2年 |
様式は、厚生労働省の「主要様式ダウンロードコーナー(労災保険給付関係主要様式)」からダウンロードできます。労災指定医療機関は、同省の「労災保険指定医療機関検索」で調べられます。通院する病院を選べる状況であれば、あらかじめ指定医療機関かどうかを確認しておくことをおすすめします。
(2) 救急搬送先が労災指定でなかったときはどうすればよいですか?
あとから請求できますので、ご安心ください。脳の病気では、搬送先の病院はご本人やご家族が選べないことがほとんどです。そのため、結果として労災指定でない病院にかかることは珍しくありません。
この場合は、様式第7号(1)で療養の費用の支給を請求します。この請求書は、所轄労働基準監督署長に提出します。
なお、入院や手術が続くと医療費は高額になりがちです。全額の立替が難しいときは、いったん健康保険で治療を受け、労災の認定が出てから労災保険に切り替える、という進め方をとる場面が実際のご相談でも多くあります。切替の手順は、後ほどご説明します。
(3) 途中で病院を変えるときの手続は?
様式第6号の届出が必要です。療養の給付を受ける指定病院等を変更しようとするときは、新たに療養の給付を受けようとする指定病院等を経由して、届書を所轄労働基準監督署長に提出しなければならない、と定められています。
脳の病気では、急性期の病院からリハビリのための病院へ移ることがよくあります。転院のたびにこの届出が必要になる、と覚えておくと安心です。
ただし、労災指定でない病院から初めて指定病院等に移るときは、様式第6号ではなく様式第5号を提出します。厚生労働省のパンフレット「療養(補償)等給付の請求手続」も、この点を注記しています。
4 通院の前に準備する書類と手順は?
(1) 様式第5号には何を書きますか?
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記載事項は、労働者の氏名、生年月日および住所、事業の名称および事業場の所在地、負傷または発病の年月日、災害の原因および発生状況、療養の給付を受けようとする指定病院等の名称および所在地などです。
過労による脳の病気では、「災害の原因および発生状況」の欄が要になります。どのような業務にどれだけ従事し、どのような状況で倒れたのかを、具体的に書く必要があります。
請求書は、ご自身で労働基準監督署に持ち込むのではなく、医療機関に出す点に注意してください。
(2) 会社が証明してくれないときはどうなりますか?
証明がなくても労災の請求はできます。まず前提として、施行規則12条2項は、負傷または発病の年月日と、災害の原因および発生状況について、事業主の証明を受けなければならないと定めています。
他方で、証明を出すかどうかは会社の自由ではありません。施行規則23条2項は、事業主は、保険給付を受けるべき者から保険給付を受けるために必要な証明を求められたときは、すみやかに証明をしなければならない、と定めています。つまり、証明への協力は会社の法令上の義務です。
そして厚生労働省のパンフレット「脳・心臓疾患の労災認定」は、会社が事業主証明を拒否するなど事業主証明が得られない場合であっても労災請求はできる、と明記しています。ですから、会社が応じないことを理由にあきらめる必要はありません。
これまでお受けしたご相談でも、弁護士の名前で会社に対し、証明への協力が法令上の義務であることを伝え、なお応じない場合には労働基準監督署に相談する旨をお知らせしたことがあります。多くの会社はこれに応じますが、それでも応じない場合には、労働基準監督署に相談せざるを得ないこともあります。
会社が証明に応じない状況が続くようであれば、早めに弁護士にご相談いただくことが望ましいです。
(3) 労働時間の資料は自分で集めなければなりませんか?
手元にあるものは確保していただきたいですが、そろえられなくても請求はできます。タイムカード、入退館記録、業務用のパソコンのログ、日報、シフト表などが、労働時間を裏づける資料になります。可能であれば、退職の前に写しを取っておくと安心です。
もっとも、相談の現場では、資料が手元にないことを気にされる方が多くいらっしゃいます。この点は、労働基準監督署が会社に対して労働時間を調査することが多く、ご本人が資料をそろえられないからといって請求を断念する必要はありません。
5 うっかりやってしまいがちなことはありますか?
(1) 健康保険証で受診してしまった場合はどうなりますか?
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労災保険への切替ができます。厚生労働省の「労災保険に関するQ&A」によれば、健康保険で医療費の一部を支払っている場合は、いったん医療費全額を支払ったうえで労災保険に請求することができます。
(2) 請求に期限はありますか?
療養の費用については2年の期限があります。療養補償給付を受ける権利は、これを行使することができる時から2年を経過したときに時効によって消滅する、と定めています。厚生労働省のパンフレット「療養(補償)等給付の請求手続」は、療養の費用については費用の支出が確定した日の翌日から2年で時効になるとしています。裏を返せば、少なくとも2年間は、労災請求をあきらめる必要はない、ということでもあります。
「もう相談するタイミングを逃したのでは」と感じていらっしゃる方もいらっしゃいます。しかし、時効にかかっていなければ請求できる余地は残ります。まずは日付を確認していただくことをおすすめします。
(3) 通院の交通費は請求できますか?
一定の要件を満たせば支給の対象になります。通院費は、被災労働者の居住地または勤務先から、原則として片道2キロメートル以上の通院であることを前提に、同一市町村内の適切な医療機関へ通院したときなど、いくつかの場合に支給対象になります。なお、片道2キロメートル未満でも支給対象となる場合があるとされています。
そのため、通院のたびに交通費の領収書を残しておくことが大切です。ご本人が書類を管理しにくい場合もあるため、領収書の保管は、ご家族にも念押しでお伝えしています。
【具体例】例えば、神戸市内の運送会社で長時間の配送業務に従事していたAさんが、脳梗塞で倒れて入院したというケースを考えてみましょう。退院後もリハビリのため週に何度も通院が必要になったとします。この場合、通院の交通費が積み重なりますので、要件を満たすかどうかを早めに確認しておくことが望ましいと考えられます。
6 そもそも過労が原因と認めてもらえますか?
(1) 労災認定の3つの要件とは何ですか?
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厚生労働省は、「血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」を定めています。同基準は令和5年10月18日に改正されました。
「脳・心臓疾患の労災認定」によれば、認定要件は次の3つで、いずれかに当たれば業務上の疾病として取り扱われます。
第1に、発症前の長期間にわたって著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したこと(長期間の過重業務)です。
第2に、発症に近接した時期において特に過重な業務に就労したこと(短期間の過重業務)です。
第3に、発症直前から前日までの間に異常な出来事に遭遇したこと(異常な出来事)です。
評価の期間は要件ごとに異なります。長期間の過重業務は発症前おおむね6か月間、短期間の過重業務は発症前おおむね1週間、異常な出来事は発症直前から前日までが対象です。
(2) 残業が月80時間に届かないと認められませんか?
そうとは限りません。発症前1か月間におおむね100時間、または発症前2か月間ないし6か月間にわたって1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合には、業務と発症との関連性が強いと評価できるとされています。
もっとも、この水準に至らないがこれに近い時間外労働が認められる場合には、労働時間以外の負荷要因を十分に考慮し、一定の負荷が認められるときには関連性が強いと評価できるとしています。労働時間以外の負荷要因としては、拘束時間の長い勤務、休日のない連続勤務、勤務間インターバルが短い勤務、不規則な勤務や深夜勤務、出張の多い業務などが挙げられています。
実際の統計もこれを裏づけています。厚生労働省の令和7年度「過労死等の労災補償状況」によれば、脳・心臓疾患の支給決定件数を時間外労働時間別に見ると、発症前2か月ないし6か月間における1か月平均では「60時間以上〜80時間未満」が48件で最も多くなっています。
7 弁護士のサポート
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弁護士法人みおでは、労災でお悩みの方のご相談を、労災保険の請求から、会社との交渉まで、幅広く対応しています。
また、会社が労災保険の利用を阻止しようとするケースでは、弁護士名で労災保険の利用について協力を求めるなど、積極的に会社と対峙します。
ご家族の不安が大きい場面では、今後の見通しを丁寧にご説明することを心がけています。ご本人が思うように動けないときこそ、見通しが分かることが支えになると考えています。
過労で倒れられたご本人やご家族にとって、治療と手続を同時に進めることは大きな負担です。「もう遅いのではないか」とお感じの場合でも、時効にかかっていなければ請求できる余地は残ります。まずは、お気軽にご相談ください。
<Q&Aまとめ>
Q1.過労で脳梗塞になった治療費は労災で払ってもらえますか?
A1.労災と認められれば、治療費の自己負担なく治療を受けられます。また、労災指定でない病院にかかった場合でも、いったん支払ったうえで療養の費用の支給を請求できることがあります。
Q2.労災で通院するとき、最初に出す書類は何ですか?
A2.様式第5号(療養の給付請求書)です。その病院・クリニックを経由して、所轄の労働基準監督署長に提出します。なお、労災指定でない病院の場合は、様式第7号(1)を、所轄の労働基準監督署長に直接提出します。
Q3.会社が労災の書類に証明してくれません。どうすればよいですか?
A3.証明がなくても、労災の請求はできます。厚生労働省のパンフレット「脳・心臓疾患の労災認定」も、会社が事業主証明を拒否するなどの場合であっても労災請求はできると明記しています。このようなケースでは、弁護士にご相談いただき、対応を検討することをおすすめします。
Q4.健康保険証で受診してしまいました。労災に切り替えられますか?
A4.切り替えられます。協会けんぽまたは健康保険組合に報告し、返納の通知と納付書に従って納入したうえで、様式第7号(1)に領収書を添えて労働基準監督署へ提出します。返納が難しい場合は、返納の完了前であっても労災保険へ請求できるとされています。
Q5.労災の請求は何年でできなくなりますか?
A5.例えば、療養の費用は、費用の支出が確定した日の翌日から2年で時効になります。時効になって請求できなくなる前に、弁護士に相談することをおすすめします。
Q6.通院の交通費は労災で出ますか?
A6.一定の要件を満たせば支給対象になります。居住地または勤務先から原則として片道2キロメートル以上の通院であることなどが前提です。領収書を保管しておくことが大切です。





