労務管理

職場のメンタルヘルスケアと休職・復職支援

弁護士 石田 優一

コラムのご紹介

今回のコラムのテーマは,職場でメンタルヘルスの問題を抱えた従業員がいた場合の休職・復職支援と,メンタルヘルスの問題が起きないために企業ができる対策についてです。例えば,精神的な不調で欠勤を続けている従業員をいきなり解雇してしまえば,訴訟等の労使紛争に発展してしまうかもしれません。このような紛争リスクを防ぐためには,休職・復職支援についてきちんと制度を整備することや,メンタルヘルスケアに関する対策を講じることが大切です。このコラムでは,企業の労務管理をサポートする弁護士の目線から,企業が取り組むべきメンタルヘルスに関する対策を取り上げます。


メンタルヘルス問題の実情

平成30年7月24日,「過労死等の防止のための対策に関する大綱」の内容を見直すことが閣議決定されました。新しい大綱では,都道府県労働局,労働基準監督署等が重点的に取り組むべき対策の1つとして,「メンタルヘルス対策」が掲げられています。

 

厚生労働省発表の統計データによれば,平成29年の自殺者数は約2万人であり,そのうちの1割近くが,「勤務問題」による自殺とされています(厚生労働省「平成29年中における自殺の状況」)。また,働く人の半数以上が,仕事や職業生活に強い不安・悩み・ストレスを感じているとの統計もあります(厚生労働省「平成29年版過労死等防止対策白書」)。

 

また,平成29年の精神障害を理由とする労災請求件数は1732件にのぼり,そのうち221件は自殺事案です(厚生労働省「精神障害に関する事案の労災補償状況」)。精神障害を理由とする労災請求件数は,10年前と比較して,約2倍にまで増加しています。

 

精神障害を理由とする労災請求が急増した背景の1つには,「メンタルヘルス」という言葉が社会に浸透し,「心の問題」は本人だけの問題ではなく,社会の問題であると認知されるようになったことがあると考えられます。

 

今後,メンタルヘルス対策に力を注がない企業は,社会から「ブラック企業」というレッテルを貼られるばかりでなく,労働基準監督署からの指導や,さらには従業員との労使紛争に発展し,企業生命にかかわる事態にもなりかねません。

 

メンタルヘルスの問題を抱える従業員がいたらどうすれば?

さて,企業内にメンタルヘルスの問題を抱える従業員がいる場合,企業としてはどのように対応すればよいでしょうか。

 

例えば,ある従業員が,家庭の悩みを原因に「うつ」に罹患し,欠勤を続けているとします。このような場合,欠勤を続けていることを理由に解雇しても問題はないでしょうか。

 

このようなご質問に対する答えは「ノー」です。もしかしたら,その従業員から,「解雇は無効だ」とか,「精神的苦痛を受けた」などと主張されて,訴えられてしまうかもしれません。

 

このような問題を考えるうえで参考になる判例の1つに,「日本ヒューレット・パッカード事件」(最判平成24年4月27日)があります。この事件では,精神的な問題から欠勤を続けていた従業員に対し,企業が諭旨退職の懲戒処分をしたことについて,(1)精神科医による健康診断の実施,(2)治療を勧めたうえでの休職処分の検討,(3)休職処分後の経過観察といった措置を会社側が講じなかったことを理由に,懲戒処分は無効であると判断されました。

 

この判例は,(業務上の原因によらない)精神的な問題で欠勤を続けている従業員に対し,一切解雇をすることは許されないと述べているわけではありません。問題とされたのは,企業側が休職・復職支援を講じずに解雇したことです。

 

先ほどの事案であれば,企業が採るべき措置は,(1)専門医の診療を受けさせること,(2)その結果に基づいて必要であれば休職命令を出すこと,(3)復職支援を行うことが必要です。このような措置を適切に講じたうえで,それでも復職困難であると認められて初めて,解雇することや,就業規則に基づいて当然退職として取り扱うことが認められます。

 

休職・復職支援とは?

休職命令の判断まで

例えば,従業員から,「うつになったのでしばらく休みたい」と申告があった場合,企業側はまず何をすべきでしょうか。それは,従業員の体調を正確に把握して,必要に応じて,休職命令を出すことです。そのために,人事労務担当者から,主治医や企業の産業医の診察を受けて,診断書を提出するように求めます。

 

人事労務担当者は,医師の診断結果や,部署内の直近の上司等から聴き取った最近のその従業員の様子等を参考に,休職命令の必要性を判断します。

 

可能であれば,その従業員の承諾を得たうえで,主治医や産業医と面談して,診断に至った理由や今後の対応について聴き取りを行うことが望ましいです。なぜなら,診断書の内容だけでは分からないこともあるからです。

 

例えば,診断書に,「うつ状態」「1か月の自宅療養を要する」と書かれていたとします。この内容を見て,「1か月休ませて復職させたらよいのだな」と即断してはいけません。まず,「うつ状態」という病名は,初診時などで,経過観察をしなければ「うつ病」かどうかを判断することが難しいために付けられることの多いものです。また,診断書記載の療養期間は,患者本人の希望をもとに決められることもあり,明確な根拠に基づくものとは限りません。そもそも,うつ病の診断は,長期間の経過観察を経なければ正確な判断が難しいため,初診では「ひとまず」の診断が行われることが多々あります。ですから,詳しい診断理由は,実際に医師と面談しなければ分からないことが多いのです。

 

休職命令を出す際の説明

さて,休職命令を出すことを決定した場合,従業員にはどのような説明が必要でしょうか。

 

もし,「休職命令の判断が出たから明日から休みなさい」と説明して終わったら,どうなるでしょうか。その従業員は,「このままクビになるのでは」「生活はどうしよう」など様々な不安を抱えてしまいます。もしかすると,「休職命令は違法だ」と主張されて,労使紛争に発展してしまうかもしれません。

 

休職命令を出す際には,人事労務担当者が,分かりやすい資料などを提示したうえで,従業員を納得させる説明を行う必要があります。説明の中では,(1)休職命令をなぜ出したか,(2)休職期間中はどのようなサポートを行うか,(3)休職期間中の生活保障をするか,(4)復職判定はどのように行うか,(5)やり残した仕事はどのように引き継ぐかなど,網羅的に説明する必要があります。無給での休職扱いにする場合は,健康保険法に基づく傷病手当金を受けられるように手続をサポートすることで,従業員の納得を促すことができます。

 

休職中の対応

「休職命令を出した後は放任」というのは,適切な対応ではありません。企業側は,休職期間中,復職に向けて手厚くサポートしなければなりません。

 

休職期間中において最も必要なことは,従業員の療養経過と体調を把握することです。「休ませて終わり」では,後ほど控えている復職判定を正確に行うことができません。また,企業が従業員の療養経過を把握しなければ,従業員がダラダラと休業を続けるばかりで復職に向けた努力を怠ってしまうかもしれません。

 

まず,休職期間中に必要なことは,毎日の生活を記録させることです。例えば,生活記録表を渡して,(1)どのような一日を過ごしたか,(2)気分・体調はどうだったか,(3)どれくらい活動できたかなどを毎日記録させることで,「復職に向けてがんばろう」という本人のモチベーションを高めることができます。

 

さらに,月1回程度を目安に,生活記録表を提出させるとともに,人事労務担当者が従業員と面談し,生活記録表をもとに話をすることで,企業側が療養経過を正確に把握することができます。

 

生活記録表は,主治医が療養経過の正確な診断を行ううえでも,有用な資料となります。

 

可能であれば,定期的に産業医との面談の機会を設けることが望ましいです。少なくとも,主治医との面談は,月1回以上を目安に定期的に受けさせることが必要です。

 

このように,企業が休職中の従業員に適切な指導を行うことで,早期復職に向けた本人のモチベーションを高めさせ,休職期間を短期化することにもつながります。

 

復職判定

一定期間の休職を経た後,企業がしなければならないのが,復職判定です。要するに,「体調が戻っていたら復職させて,体調が戻っていなければ復職させない」ということですが,実際にその判定をするのは難しいことです。

復職の適切なタイミングとは?

復職判定とは,本人の体調の状態を正確に把握して,復職の適切なタイミングを見極めることです。上の図は,復職判定のイメージです。復職のタイミングは,早すぎても,遅すぎてもいけません。復職が早すぎれば,再休職が必要な状況に至ったり,病状を悪化させてしまうおそれがあります。一方,復職が遅すぎれば,休職命令が違法となり,労使紛争に発展してしまうおそれがあります。復職判定とは,早すぎもせず,遅すぎもしない,適切な復職のタイミングを見極めることです。

 

復職判定の第一歩は,医師から詳細な診断情報を得ることです。例えば,主治医に情報提供依頼書を提示して,(1)本人の現在の体調,(2)就業可能な状況にあるか否か及びその理由,(3)就業させるにあたって必要な配慮(例えば,「軽易な業務のみに従事させる」,「労働時間を短縮する」など)について意見を求めることが考えられます。可能であれば,主治医の意見だけではなく,産業医の意見も求めることが望ましいです。

 

もっとも,主治医や産業医の意見のみで,すべてを決めてしまってはいけません。なぜなら,復職判定は,企業にとって紛争リスクを伴う法的判断であるためです。人事労務担当者などが,主治医・産業医の意見のほか,生活記録表や,これまで定期面談を行った結果,顧問弁護士などの法的専門家の意見を参考にし,最終判断をしなければなりません。企業によっては,産業医・カウンセラー・人事労務担当者などで構成された復職判定委員会を設置し,そこで判断を行う例もあります。

 

復職させる際の対応

復職判定の結果,「復職可能」と判断した場合は,復職プランの作成が必要です。復職プランでは,(1)復職当初はどのような業務に,1日何時間,週何日を限度に従事させるか,(2)どのようなペースで元の業務に戻していくか,(3)体調の悪化が見られる場合にどのように対応するか,(4)特別な配慮をする場合に他の従業員にどうやって理解を求めるか,といったことを詳細に決めます。

 

また,復職後には,従業員に勤務記録表を作成してもらい,人事労務担当者が,自ら定期面談をして体調を確認したり,直近の上司から勤務状況を聴き取るなどの対応も必要になります。その結果,復職に問題があると思われる場合には,復職プランの見直しを検討したり,再休職を検討する対応も必要です。

 

まとめ

以上のとおり,休職・復職支援は,多くの時間と労力を必要としますが,だからこそ,労使紛争を避けるために有効な対策となります。仮に,精神的な問題を抱える従業員を解雇したり,退職させたりしても,その前提として,適切な休職・復職支援を行っていれば,「訴えられて敗ける」リスクを回避できます。

 

休職・復職支援は,一見すれば企業にとってコストとなりますが,対策を怠って労使紛争・訴訟に発展するリスクを避けられることを考えれば,決して高すぎるコストとはいえません。

 

当事務所では,企業の休職・復職支援を全面的にサポートするプランをご提供しています。休職命令・休職期間の対応・復職判定・復職後の対応のいずれをとっても,適切な対応を怠れば,労使紛争に発展してしまうリスクがあります。そのようなリスクを避けるためには,専門家である弁護士のアドバイスやサポートを受けることが有効です。

 

メンタルヘルスケア

メンタルヘルスケアとは?

ここまで,休職・復職支援について取り上げ,とても時間と労力がかかることをご理解いただけたと思います。できれば,休職・復職支援を行わなければならない状況を避けることが,コスト削減の観点からも,労使紛争を予防する観点からも,望ましいです。

 

このような発想から,そもそも従業員が精神的な問題を抱える状況を予防しようというのが,「メンタルヘルスケア」です。

 

メンタルヘルスケアには,大きく,(1)セルフケア(2)ラインケア(3)産業保健スタッフによるケア(4)事業場外資源を活用したケアの4つがあります。このうちいずれかの対策を講じればよいということではなく,4つのケアを総合的に,そして,継続的に講じることが重要です。

 

セルフケア

セルフケアとは,自分自身で精神的不調を予防することです。

 

仕事上でも仕事外でも,ストレス社会と言われる現代において全く何のストレスもなく生活することは難しいです。ストレスが精神的不調につながらないためには,気分転換や趣味にいそしむ機会を持ったり,睡眠をきちんととったり,ストレスを「逃がす」術を身につけることが有効です。企業の対策としては,長時間労働を是正して自由な時間を持てる機会を増やしたり,ストレスを「逃がす」術を身につけるための社内研修を実施したりすることが有効です。

 

また,自分の精神的不調にいち早く気づくことも,セルフケアとして大切なことです。「仕事に集中できない」「ミスが増えた」「体の疲れがとれない」など,ちょっとした不調に自ら気づいて,すぐに精神科医やカウンセラーに相談する対応ができれば,精神的な病気に至ってしまうことを予防できます。企業の対策としては,精神科医やカウンセラーなどの専門家による社内研修を実施することなどが有効です。

 

ラインケア

ラインケアとは,労働者の労働環境や職務上のストレスを改善できる立場にある管理監督者が,その改善を図ったり,健康上の問題を抱えた従業員の相談に乗ったりすることです。

 

ラインケアにおいて重要なのは,部下が仕事に「やりがい」を持てる環境づくりを心がけることです。例えば,部下の自主性を尊重したり,部下からの意見を積極的に取り入れたりすることで,部下が仕事に「やりがい」を感じることができます。

 

また,管理監督者が「傾聴」という発想を持つことも重要です。「傾聴」とは,相手の話に耳を傾けて,その人の気持ちを理解し,共感することであり,カウンセリングにおいて取り入れられている手法です。人の話を聴くというのは,一見簡単そうで,実は難しいことです。例えば,「・・・で悩んでいて」という相談に対し,「気にしなかったらいいよ」と返すのは,傾聴ではありません。なぜなら,本人にとってはそのことを気にしないというのは無理な話で,本人の気持ちを理解した返答とはいえないからです。本人の話をうなずきながら聴いて,「それは確かに悩みますね」など,共感する姿勢が大切です。

 

企業の対策としては,管理監督者に向けて,ラインケアの観点から適切な指導方法を教育するための研修を実施することなどが有効です。

 

産業保健スタッフや事業場外資源の活用

セルフケア・ラインケアは,あくまでも従業員レベルでの対策ですが,やはり,本格的なメンタルヘルスケアにおいては,専門家との連携が不可欠です。そのためには,企業内の産業医・カウンセラー(産業保健スタッフ)と連携したり,外部の医療機関など(事業場外資源)との連携を図ったりする対応が必要です。

 

また,ストレスチェックの実施結果を分析して,産業保健スタッフらを交えた衛生委員会安全衛生委員会で対策を協議することも有効です。

 

まとめ

4つのケアをうまく取り入れて,メンタルヘルスケアを継続的に実施することで,従業員の精神的な問題を予防することができます。

 

このような対策に力を入れることで,休職・復職支援のコストを回避できることはもちろんのこと,「働く人を大切にしている企業」との注目を集めて,よりよい人材を確保することにもつながります。

 

当事務所では,メンタルヘルスケアのための社内研修マニュアル策定,衛生委員会・安全衛生委員会への弁護士の派遣などを内容とした支援プランをご提供しています。

 

おわりに

もし,メンタルヘルスに関して何かお困りのことがございましたら,ぜひ,当事務所にご相談ください。「欠勤はないが,最近体調の悪そうな部下がいて」「メンタルヘルスケアに興味があって」など,「ちょっと気になって」というご相談でも差し支えないです。むしろ,メンタルヘルスの問題は,何もない段階から対策を検討しておかなければ,いざ問題が現実化した時にはすでに手遅れということが多々あります。

 

当事務所では,休職復職支援のサポートや,メンタルヘルスケアのためのアドバイスをはじめ,ハラスメント長時間労働対策,万が一労使紛争が発生してしまった場合のご対応まで,メンタルヘルスに関連した問題を幅広くサポートしています

 
ー当事務所の「労務管理」法務サービスはこちらですー
 
ー当事務所でご提供する法人向けサービスはこちらですー
 
―コラムの一覧はこちらです―

このコラムを書いた人

弁護士 石田優一
兵庫県弁護士会所属 68期 登録番号53402
情報処理安全確保支援士、応用情報技術者の資格を持つ若手弁護士。IT、IoT、営業秘密など、いつでもすぐに、最新の問題に対応するリーガルサービスを提供できるよう、5年先、10年先を読みながら、日々研鑽を積んでいる。
プロフィールはこちら

同じカテゴリのコラム記事

みおの関連サービス