労災

長時間労働・過重労働による労災事件の争い方2(精神疾患と過労自殺編)

弁護士 石田 優一

長時間労働や働きすぎによって、うつなどの病気になってしまったり、自殺してしまったりする事例は、昔から後を絶ちません。もし自分が、身近な家族が、病気になったり、命を失ったりしてしまったときに労災保険の手続から会社との訴訟まで労災事件をどう争うか、徹底解説いたします。また、このコラムは、長時間労働対策を考える経営者の方にもお役立ていただけるものです。

 


このコラムで取り上げる内容

第1章 はじめに

「働き方改革」という言葉が流行語になり、長時間労働は多くの企業にとって重要な課題の1つになっています。しかし、いまだに、長時間労働による労災事件は後を絶ちません。

もし、自分自身や、身近な家族が、働きすぎで病気になってしまったり、命を失ったりしてしまったとき、いったいどうすればよいでしょうか。会社に相談しても、どこまで対応してもらえるか分かりません。もし、長時間労働による労災のことでお困りでしたら、はじめにこのコラムをお読みください。

また、このコラムは、労働者の方だけではなく、経営者の方にも(むしろ経営者の方にこそ)ぜひお読みいただきたいです。なぜなら、労災のことをきちんと知っておくことは、長時間労働対策の重要性を知るうえで大切だからです。

なお、長時間労働による脳血管疾患・心臓疾患や過労死のケースについては、こちらのコラムをお読みください。

 

 

第2章 長時間労働による精神疾患と過労自殺の問題

1 ストレスによる精神疾患

労災認定の考え方では、統合失調症・うつ病・躁うつ病・パニック障害・適応障害などが、ストレスによって発病する可能性のある精神疾患とされています。

社会生活の中では、仕事の悩みのほか、家庭の悩みや人間関係の悩みなど、様々なストレス要因があります。また、同じ経験をしたとしても、ストレスの感じ方やその精神的影響は、人によってまちまちです。ですから、精神疾患になった原因が仕事にあるかどうかを考えるうえでは、単にどのように仕事をしていたかだけではなく(a)仕事外でのストレス要因がなかったか、(b)その人自身の事情など検討する必要があります。

 

2 精神疾患と長時間労働との関係

医学的に、働きすぎによるストレスと、睡眠不足は、精神疾患の原因になるとされています。実際、労働時間が長く、睡眠時間が少ない人は、そうでない人と比べて、これらの病気を発症してしまうリスクが高いことを示す統計があります。

 

 

働きすぎによるストレスが精神疾患につながる1つの原因ではないかといわれているのが、自律神経の乱れとストレスホルモンであるコルチゾールの過剰な分泌です。これらは、それ自体が心身の不調につながるとともに、睡眠の質の低下も招きます。国立精神・神経医療研究センターの研究報告によれば、睡眠不足の状態では、脳内にある扁桃体(へんとうたい)の活動を制御する働きが弱まり、扁桃体の活動が過剰になります。扁桃体は、人間の感情に関与している部分で、扁桃体の活動が過剰になると、不安や恐怖を感じやすくなり、抑うつ状態、さらには、うつ病などの精神疾患につながってしまいます。このように、働きすぎによるストレスと、睡眠不足は、精神疾患につながるものと考えられます。もっとも、精神疾患の原因については解明されていない部分が多いため、あくまでも1つの説としてご理解ください。

島悟教授は、2000年保健福祉動向調査に基づいて睡眠時間と抑うつ状態との関係性を以下のグラフのように分析し、メンタルヘルスを保持するためには6時間以上の睡眠時間を確保することが望ましいと指摘しています。

 

島悟「過重労働とメンタルヘルス-特に長時間労働とメンタルヘルス-」(2018年2月「産業医学レビュー」)166頁より

 

例えば、1日6時間を仕事・睡眠以外の時間に使うとします。1ヶ月に4週間、1週5日間働くと考えます。法定労働時間(労働基準法で決まっている労働時間の上限)は1日8時間ですから、それを超える労働時間が残業時間になります。

この例で、仮に、毎日12時間働いたとすると、1日の残業時間は4時間、1月の残業時間は80時間になります。この場合の睡眠時間は6時間です。同じように考えると、1月の残業時間が100時間の場合は睡眠時間が5時間、1月の残業時間が120時間の場合は睡眠時間が4時間となります。

1月の残業時間が80時間を超え、残業時間が長くなればなるほど、精神疾患を発症するリスクが高くなることが見えてきます。

 

3 過労自殺

精神疾患は、最悪の場合、自殺につながってしまいます。

「精神障害による自殺の取扱いについて」(平成11年9月14日基発第545号)では、「業務上の精神障害によって、正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたと認められる場合には、結果の発生を意図した故意には該当しない」とされています。

自殺は、自ら命を絶つ点で、過労死とは異なります。もっとも、精神疾患が悪化した結果、自殺を思いとどまることが難しい状態になっていたならば、それはもはや「自らの意思」とはいいがたいので、過労死と共通した「労災による死亡」と認められるのです。

 

4 大切なポイント

精神疾患は、CTやMRIなどの検査をすれば診断ができるようなものではありません。ですから、精神疾患の原因が長時間労働にあるかどうかを判断するうえでは、本人の声のほか、家族や仕事の同僚などの周りの人からの声も、有力な資料になります。特に、過労自殺の場合には、本人の声を聞くことはできません(もっとも、過去に本人が主治医に話したカルテの記録は、重要な資料になります。)から、周りの人からの声が大きな意味をもつことになります。

周りの人が、精神疾患と長時間労働との関係についてきちんと理解し、また、本人の精神的な異変に敏感になることが、労災を争ううえでは重要になります。

 

第3章 長時間労働による労災事件をどうやって争うのか

1 本人が死亡していないケース

 

 

(1) 療養補償給付・休業補償給付などの請求(労災認定のステップ)

 

ア 療養補償給付

 

一般に「労災を使って病院に行く」というのが、労災保険の療養補償給付を受けることです。療養補償給付を受けることができれば、自己負担なしで医療機関を受診することができます。ただし、気をつけなければならないのは、労災保険の療養補償給付を利用できるのは、労災保険指定医療機関に限られる点です。ですから、あなたが通おうとしている医療機関が労災保険指定医療機関かどうかは、確認しておく必要があります。

なお、労災保険指定医療機関かどうかは、厚生労働省の「労災保険指定医療機関検索」のページで検索することができますし、通いたい医療機関に問い合わせれば教えてもらえます。

療養補償給付の請求は、「療養補償給付たる療養の給付請求書」を医療機関経由で提出するのが通常の流れです。請求書は、会社に依頼するか、労働基準監督署に相談することで取得することができますし、厚生労働省サイトの「労災保険給付関係請求書等ダウンロード」のページからもダウンロードすることができます。

 

イ 休業補償給付

 

病気が原因で仕事を休まなければならない場合は、労災保険の休業補償給付の請求も合わせて行います。それにより、休業日の4日目から、給付基礎日額(1日分の平均賃金が原則ですが、1年6か月後から上限・下限が適用されるので厳密には異なります。)の60パーセントを受け取れます。さらに、休業補償給付を受けられる場合、休業特別支給金として給付基礎日額の20パーセントを受け取れますので、実際には、給付基礎日額の80パーセントをもらうことができます。厳密には違いますが、「給料の8割くらいをもらえる」とイメージしていただいてよいかと思います。

休業補償給付の請求は、休業補償給付支給請求書(休業特別支給金支給申請書を兼ねています。)を労働基準監督署に提出することで行えます。請求書は、会社に依頼するか、労働基準監督署に相談することで取得することができますし、厚生労働省サイトの「労災保険給付関係請求書等ダウンロード」のページからもダウンロードすることができます。

 

ウ 会社から「労災を使うな」と言われたら

 

療養補償給付や休業補償給付などを受けるためには、事業主、つまり会社から、請求書の記載内容に誤りがない旨の証明を受けなければなりません。ただ、長時間労働の問題では特に、会社から「労災を使うな」と圧力を受けることがあります。長時間労働が横行していたことが労働基準監督署に知られることで、指導などを受けるおそれがあるからです。

ただ、会社から証明を拒否されたからといって、あきらめる必要はありません。労働基準監督署に相談してきちんと事情を伝えることで、たとえ会社から証明を拒否されたとしても、療養補償給付や休業補償給付などを受けられる場合があります。

ですから、「会社の協力がないと労災保険は使えない」というのは、誤りです。

 

 

エ 労災として認めてもらうために

 

療養補償給付や休業補償給付などを受けるためには、病気が労災であることが認められなければなりません。つまり、「労災認定」がされなければなりません。

労災認定を受けられる可能性を高めるためには、請求者も積極的に有利な資料を用意する必要があります。第1の理由は、労災認定のための調査においては、会社側にも意見や資料提出を求めるからです。会社側からこちらに不利な意見や資料が出されることも想定して、それを覆すだけの資料をきちんと用意しておく必要があります。第2の理由は、長時間労働による労災を争う場合は特に、周囲の人の声が大切になるからです。体調や行動の変化など、客観的な周囲の人の声を資料として集められれば、労災認定につなげることができます。

労災認定は、「労基署任せ」ではいけません。自発的に有利な資料を用意して、提出することで、労災認定につなげることができます。そのためには、労災認定がどのような基準でされているかをきちんと理解しておく必要があるのです。

 

 

(2) 障害補償給付などの申請(障害等級認定のステップ)

治療を続けていると、「完治した」あるいは「これ以上はよくならない」という時が来ます。これらを、労災保険では「治ゆ」といいます。治ゆの段階で労災事故以前と同じ状態にまで回復していなければ、それが「障害」として認定される可能性があります。

もっとも、治ゆの段階で労災事故以前と同じ状態にまで回復していなければ、労災保険において必ず障害として認定されるわけではありません。労災保険の制度では、第1級から第14級までの障害等級が決められており、そのいずれかの等級に該当していると認定されなければ、労災保険では「障害」として扱ってもらえません。障害等級については、後ほど詳しく取り上げますので、ここでは、「障害等級は第1級から第14級まであって、どれかに該当しなければ障害として扱ってもらえない」と理解しておいてください。

障害補償給付の請求は、障害補償給付支給請求書を労働基準監督署に提出することで行えます。請求書は、会社に依頼するか、労働基準監督署に相談することで取得することができますし、厚生労働省サイトの「労災保険給付関係請求書等ダウンロード」のページからもダウンロードすることができます。

労災認定と同様に、障害等級認定も、やはり、労基署任せではいけません。障害等級認定の基準について理解して、自発的に有利な資料を用意することで、有利な障害等級認定につなげることができます。

 

 

(3) 会社との交渉・訴訟による賠償請求

労災保険の手続が終わったからこれで終了と誤解されがちですが、そうではありません。なぜなら、労災保険によって、あなたの受けた損害がすべて補償されたとは限らないからです。

特に、障害等級認定のされた事案においては、労災保険から受けられる補償よりも、実際の損害の額のほうが高額になることが通常です。ですから、労災保険から補償を受けていない分は、会社に対して損害賠償請求をしなければなりません。

障害の程度によっては、労災保険の給付を受けたうえで、さらに、会社に対して何千万円(ときには1億円以上)もの損害賠償が認められるケースがあります。

労災保険の請求と損害賠償の請求とは全く別物なのですが、実際のところは、労災保険における労災認定や障害等級認定の結果が、損害賠償請求の結論を大きく左右します。ですから、労災認定や障害等級認定を思うように受けられないと、後々まで足を引っ張られることになります。

詳しいことは、後ほど取り上げたいと思いますので、ここでは、「労災保険をもらったら終わりではない」ことと「労災認定や障害等級認定の結果が損害賠償で会社と争ううえでも重要であること」をご理解ください。

 

 

2 本人が死亡したケース

 

 

(1) 遺族補償給付・葬祭料などの申請(労災認定のステップ)

 

ア 遺族補償給付

 

労働者が労災で亡くなった場合、特定の遺族は、遺族補償給付を受けることができます。

遺族補償給付には、亡くなった労働者の収入によって生計を維持していた特定の遺族に支給される遺族補償年金と、遺族補償年金を受給できる遺族がいない場合に支給される遺族補償一時金があります。

年金形式で受けられる遺族補償年金は、亡くなった労働者の収入によって生計を維持していた遺族のうち、妻、60歳以上の夫、高校卒業年齢までの子などから、最優先の順位の人に支給されます。遺族補償年金では、条件に応じて、給付基礎日額(1日分の平均賃金が原則ですが、上限・下限が決まっているので厳密には異なります。)の153日分から245日分までの金額が毎年支給されます。

遺族補償給付の請求は、遺族補償年金支給請求書などの所定の請求書を労働基準監督署に提出することで行えます。請求書は、会社に依頼するか、労働基準監督署に相談することで取得することができますし、厚生労働省サイトの「労災保険給付関係請求書等ダウンロード」のページからもダウンロードすることができます。

 

イ 葬祭料

 

労働者が労災で亡くなった場合、遺族は、葬祭料の支給を受けることができます。葬祭料の額は、31万5000円と給付基礎日額(1日分の平均賃金が原則です。)の30日分を足した金額が原則ですが、給付基礎日額の60日分のほうが高くなるときはそちらの額が支給されます。

葬祭料の請求は、葬祭料請求書を労働基準監督署に提出することで行えます。請求書は、会社に依頼するか、労働基準監督署に相談することで取得することができますし、厚生労働省サイトの「労災保険給付関係請求書等ダウンロード」のページからもダウンロードすることができます。

 

ウ 会社から「労災を使うな」と言われたら

 

遺族補償給付や葬祭料などを受けるためには、事業主、つまり会社から、請求書の記載内容に誤りがない旨の証明を受けなければなりません。ただ、長時間労働の問題では特に、会社から「労災を使うな」と圧力を受けることがあります。長時間労働が横行していたことが労働基準監督署に知られることで、指導などを受けるおそれがあるからです。

ただ、会社から証明を拒否されたからといって、あきらめる必要はありません。労働基準監督署に相談してきちんと事情を伝えることで、たとえ会社から証明を拒否されたとしても、遺族補償給付や葬祭料などを受けられる場合があります。

ですから、「会社の協力がないと労災保険は使えない」というのは、誤りです。

 

エ 労災として認めてもらうために

 

遺族補償給付や葬祭料などを受けるためには、過労自殺であることが認められなければなりません。つまり、「労災認定」がされなければなりません。

労災認定を受けられる可能性を高めるためには、請求者も積極的に有利な資料を用意する必要があります。第1の理由は、労災認定のための調査においては、会社側にも意見や資料提出を求めるからです。会社側からこちらに不利な意見や資料が出されることも想定して、それを覆すだけの資料をきちんと用意しておく必要があります。第2の理由は、長時間労働による労災を争う場合は特に、周囲の人の声が大切になるからです。体調や行動の変化など、客観的な周囲の人の声を資料として集められれば、労災認定につなげることができます。

労災認定は、「労基署任せ」ではいけません。自発的に有利な資料を用意して、提出することで、労災認定につなげることができます。そのためには、労災認定がどのような基準でされているかをきちんと理解しておく必要があるのです。労災認定については、後ほど詳しく取り上げます。

 

 

(2) 会社との交渉・訴訟による賠償請求

労災保険の手続が終わったからこれで終了と誤解されがちですが、そうではありません。なぜなら、労災保険によって、遺族の受けた損害がすべて補償されたとは限らないからです。

過労自殺の場合、亡くなった労働者の相続人は、会社に対して損害賠償を求めることができます。死亡事案の場合、労災保険から受けられる補償では損害をすべて補てんはできないのが通常ですから、労災保険から補償を受けていない分は、会社に対して損害賠償請求をすることができます。

労災保険において労災認定を受けられない場合、会社に対する損害賠償請求においても、会社の責任が認められない場合が通常です。ですから、労災認定を思うように受けられないと、後々まで足を引っ張られることになります。

 

 

第4章 労災認定のポイント

1 基本的な考え方

精神疾患の労災認定については、「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(平成23年12月26日付基発1226第1号)で詳しい基準が決められていますが、その考え方については、厚生労働省が出している「精神障害の労災認定」という資料に詳しくまとめられています。精神疾患の労災認定の考え方はとても複雑ですので、このコラムでは、基本的なポイントにしぼって説明します。

精神疾患の労災認定は、大きく3つの要件に整理できます。

ア 認定対象となる「精神障害」があること
イ 発病前おおむね6か月間に業務による「強い心理的負荷」が認められること
ウ 「業務以外の心理的負荷」や「個体側要因」で発病したと認められないこと

ここからは、それぞれの要件に分けて、説明します。なお、以下のフローチャートは、厚生労働省の「精神障害の労災認定」に示されているものです。労災認定の要件を理解するうえで、参考になります。

 

厚生労働省「精神障害の労災認定」12頁より

 

2 認定対象となる「精神障害」があること

統合失調症・うつ病・躁うつ病・パニック障害・適応障害などが、認定対象となる精神障害とされています。精神障害がなければ労災認定されないというのは当然のことではありますが、この要件が特に問題になるのは、本人が自殺に至った場合です。

まず、本人が生前にどのような医療機関を受診していたのか(そもそも受診していたのかどうか)、遺族がよく知らないということはよくあります。そのような場合には、協会けんぽや健康保険組合に対して保有個人情報の開示請求や照会を行い、本人が生前に通院していた医療機関を探ることが考えられます。そして、各医療機関にカルテ(診療録)の開示を請求することで、生前にどのような治療を受けていたのか、どのような薬を処方されていたか、そして、本人が医師にどのようなことを訴えていたのかといった様々な情報を知ることができます。たとえ精神科の受診歴がなくても、他の科で薬の処方を受けていることもありますので、精神科の受診歴がなければ他の科のカルテ(診療録)も入手するとよいです。

また、本人が生前に医療機関を受診していない場合もあります。精神科の受診に抵抗を感じる人もいらっしゃいますので、このようなことは一般にあり得ます。このような場合でも、すぐにあきらめる必要はありません。例えば、本人がTwitter、Facebook、LINE、メールなどに、「仕事がしんどい」「死にたい」「眠れない」などと書いていれば、有力な根拠になります。家族や職場の同僚などからの「以前からこういう異変があった」、「元気がなかった」、「性格が変わった」といった声も、有力な根拠になります。もし遺書があれば、その内容のほか、字体の乱れなども、有力な根拠になります。

 

 

こういった根拠は、労基署任せでは必ずしも明らかになりません。遺族が根拠を探し当て、労災認定の資料として積極的に提示することが重要です。

 

3 発病前おおむね6か月間に業務による「強い心理的負荷」が認められること

労災認定においては、本人が精神障害を発病する前おおむね6か月間の業務上の心理的負荷、つまり、精神的ストレスのレベルが「強」と評価されなければなりません。

 

(1) 長時間労働だけで「強」と評価されるケース

例えば、次のようなレベルの長時間労働があれば、精神的ストレスのレベルが「強」と評価される可能性が高いです。

・発病直前の1か月におおむね160時間以上の時間外労働
・発病直前の3週間におおむね120時間以上の時間外労働
・発病直前の2か月間連続して1月おおむね120時間以上の時間外労働
・発病直前の3か月間連続して1月おおむね100時間以上の時間外労働
・仕事が以前の倍以上に急増して1月おおむね100時間以上の時間外労働

第2章で、1か月の時間外労働が80時間を超えると、精神疾患を発症するリスクが高くなることを説明しました。以上の例は、それだけで精神疾患を発症するリスクが高いことから、一般に「強」と評価されるのです。

なお、以上はあくまでも一例であり、これ以外のケースでは「強」とは評価されないというわけではありません。

 

(2) 長時間労働だけでは「強」と評価されないケース

(a)1か月に80時間以上の時間外労働を行ったことや、(b)仕事が以前よりもおおむね20時間以上増加して時間外労働が1月おおむね45時間以上になったことによる精神的ストレスのレベルは、それだけでは一般に「強」とまでは評価されませんが、「中」とは評価される可能性が高いものです。

長時間労働について「中」と評価される場合、さらに、長時間労働以外で精神的ストレスのレベルが「中」と評価される出来事があった場合には、全体として精神的ストレスのレベルが「強」であったと評価されることがあります。特に、その出来事が長時間労働の時期と近い時期に起きたことである場合や、出来事が複数ある場合などには、全体として「強」と評価される可能性が高くなります。

長時間労働以外で精神的ストレスのレベルが「中」と評価される出来事としては、次のような例があります。

・事故や事件について監督責任を問われて事後対応をした
・達成が容易でないノルマを課されてその達成のために業務をした
・新しいプロジェクトなどの担当になった
・業務に関連して顧客からクレームを受けた
・配置転換や転勤があった
・上司・同僚・部下とのトラブル(対立等)があった

事故や事件の対応、ノルマの達成、新しいプロジェクトの担当、クレーム対応、配置転換・転勤は、いずれも長時間労働につながるものです。また、いわゆるブラック企業においては、長時間労働を強いられたうえに、パワーハラスメントなど上司らのトラブルも生じていることがしばしばあります。ですから、単に「何時間働いていたか」ばかりにとらわれるのではなく、「他にストレスにつながる出来事はなかったのか」にも目を向ける必要があります。

 

厚生労働省「精神障害の労災認定」3頁より

 

(3) ポイント

長時間労働だけで精神的ストレスのレベルを「強」と評価するのが難しくても、他の出来事と一緒に評価することで、全体として精神的ストレスのレベルを「強」であったと評価されることがあります。

ですから、自殺事案でなければ、まずは、本人からじっくりと話を聞いて、これまでストレスを感じる出来事がなかったかを詳細に確認する必要があります。そのうえで、本人の話と、精神科のカルテ(診療録)やTwitter、Facebook、LINE、メールなどの内容が整合していることなどを根拠に、その話の信用性を裏付ける必要があります。

また、自殺事案においては、本人が受診していた精神科のカルテ(診療録)、本人が過去に書き込みをしたTwitter、Facebook、LINE、メールなどの記録、職場の同僚などからの供述など、様々な資料を集めて、本人が仕事で経験したことを詳細に調べる必要があります。

こういった根拠は、労基署任せでは必ずしも明らかになりません。調査においても、関係者からの聴き取りについては行われますが、本人に有利な供述が調査に用いられるかどうかは分かりません。本人や家族(遺族)が有利な根拠を探し当て、労災認定の資料として積極的に提示することが重要です。

 

 

4 「業務以外の心理的負荷」や「個体側要因」で発病したと認められないこと

「業務以外の心理的負荷」や「個体側要因」で発病したと評価されるおそれがあるケースは、例えば次のような出来事があった場合です。

・離婚や配偶者との別居
・重い病気やけが
・近親者の死亡や重い病気
・多額の財産を失った・多額の支出があった
・災害や犯罪に巻き込まれた
・精神障害の既往歴やアルコール依存があった(ただし程度による)

このような出来事があれば、たしかに、労災認定においては不利な事情となります。ただ、このような出来事があれば、労災認定を受けられないというわけでは決してありません。

ですから、たとえこのような事情があったとしても、やはり「仕事が原因ではないか」と疑われるのであれば、積極的に労災請求をすべきです。もっとも、このような事情がある場合には、そうでない場合よりも、積極的に「仕事が原因である」ことを裏付ける根拠を示す必要があります。

 

5 会社が労働時間をきちんと管理していない場合の対処法

長時間労働による労災事件においてしばしば問題になるのが、会社側が残業時間を正確に記録していなかったり、労働基準監督署に過少申告したりするケースです。

このような場合には、本人がつけているスケジュール手帳の記録、通勤に利用した交通系ICカードの履歴、タクシーの領収証などの資料が有力な証拠になることがありますので、そういった資料の調査も必要になります。

また、サービス残業であっても、「会社から指示された仕事がとても業務時間内に終わらない量だった」ことを明らかにすれば、労働時間として主張できる余地があります。サービス残業があったのであれば、自宅で作業していた内容を整理した報告書、自宅で使用していたPCのログオフ履歴(Windowsであればイベントビューワーを開いてイベントログを確認することでログオフ時刻を調べることができます。)、本人が仕事している様子を知っている家族の陳述書などから明らかにする方法が考えられます。

6 ここまでのまとめ

ここまでお読みいただけば、精神障害の労災認定を受けるために、労基署任せではどうしていけないかがご理解いただけたかと思います。本人や家族(遺族)が、有利な認定につながる資料を積極的に探し出し、提示することが、有利な労災認定を受けるためには重要です。

 

第5章 障害等級認定のポイント

1 障害等級認定

障害等級認定とは、労災によって病気になった労働者が治療を続けてこれ以上回復できなくなった状態(治ゆ)において障害が残っている場合に、その状況や程度に応じて第1級から第14級までのいずれに該当するかを評価する認定のことです。数字が小さくなるほど、重度の障害ということになります。

精神障害の障害等級認定については、後ほど詳しく説明しますが、一般的に、障害等級第8級以上は認められません。ですから、障害補償一時金という1回きりの給付を受け取ることが通常です。もっとも、いずれの等級が認められるかで、障害補償一時金の額は大きく変わりますし、会社に対して損害賠償を請求する際にもその額に大きく影響しますので、障害等級認定の結果は重要です。

 

 

精神障害において、一般的に高次脳機能障害のような重い障害等級が認められないのは、「精神障害は治療を続けることでだんだんとよくなっていく」と考えられているからです。ですから、療養補償給付や休業補償給付を受けながら長期間にわたって治療を続けさせて、症状が十分によくなった時点で障害等級認定を行うという発想があります。そのために、一般的に、精神障害の場合には、重い障害等級は認められないのです。

ただ、長い間治療を続けて十分に治療しても症状が改善しないような重い症状の場合には、そのような考え方が成り立たないことから、(かなり難しいのは確かですが)障害補償年金を受けられる障害等級第7級以上の認定がされる余地も残されてはいます。

 

2 精神障害の障害等級認定

(1) 障害等級認定において着目される能力

精神障害の障害等級認定は、次の8つの能力に着目して判断します。ただし、本人の仕事への意欲が低下しているなどの理由で仕事をしていない場合には、「(a) きちんとした身辺日常生活ができているか」の程度に着目して判断します。障害等級認定がどのようなことに着目しているかを知ることは、有利な障害等級を獲得するための資料を用意したり、障害等級認定を争ったりするうえで、大切なことです。

 

(a) きちんとした身辺日常生活ができているか

 

入浴や着替えなど、清潔を保持する活動がきちんとできているか、きちんと食事をとることができているかなどの能力が見られます。

 

(b) 仕事・生活への積極性や関心があるか

 

仕事や、世の中のこと、娯楽などに意欲や関心があるかなどの能力が見られます。

 

(c) 通勤・勤務時間を遵守できているか

 

きちんと時間どおりに出勤できているか、仕事上の約束時間を守れているかなどの能力が見られます。

 

(d) 普通に作業を持続することができるか

 

決められたとおりに仕事をすることができているか、集中力や持続力を保つことができているかなどの能力が見られます。

 

(e) 他人とのコミュニケーションができているか

 

職場で上司や同僚などにきちんと自主的に発言ができているか、コミュニケーションができているかなどの能力が見られます。

 

(f) 協調性を持つことができるか

 

職場で上司や同僚などと一緒に仕事がきちんとできるか、社会人らしい行動がきちんとできているかなどの能力が見られます。

 

(g) 安全の保持や危機の回避ができているか

 

職場において危険なことからきちんと身を守れているかなどの能力が見られます。

 

(h) 困難や失敗にきちんと対応できているか

 

職場でストレスを受けたときに、ひどく緊張したり、混乱したりせずに、きちんと対応することができているかなどの能力が見られます。

 

(2) どのような障害等級が認められうるか

精神障害による障害等級として認められる可能性があるのが、一般に、次の3つです。

 

【障害等級認定の基準】

・9級  通常の労務に服することはできるが、就労可能な職種の範囲が相当程度に制限される
・12級 通常の労務に服することはできるが、多少の障害を残す
・14級 通常の労務に服することはできるが、軽微な障害を残す

 

例えば、人とのコミュニケーションを図ることができない状態で、人とのコミュニケーションを必要とする仕事ができないのであれば、障害等級9級が認められる可能性があります。また、特にこの仕事ができないということはないが、周りの人の配慮が必要な状態であれば、障害等級12級や14級が認められる可能性があります。

 

(3) ポイント

精神障害の障害等級認定においては、主治医が作成した「非器質性精神障害の後遺障害の状態に関する意見書」の内容が大きく参考にされます。この意見書には、先ほど説明した8つのポイントや、本人の精神状態、仕事への意欲などが記入されます。

本人としては、日頃から8つのポイントをきちんと意識して、主治医に対し、どのようなことに悩みを抱えているのか、詳しく話しておくことが望ましいです。

また、障害等級認定は、主治医が作成した「非器質性精神障害の後遺障害の状態に関する意見書」だけで決めるというわけではありません。ですから、例えば、家族が、本人の様子について8つのポイントを意識しながら陳述書や報告書の形式で資料にしたり、職場の同僚などの協力を得て陳述書を作成してもらったりすることで、障害等級認定を有利に進められる可能性があります。

精神障害の障害等級認定を有利に進めるためには、労基署任せではなく、家族などが積極的に資料作成を行うことも、時には必要です。

 

第6章 労災認定や障害等級認定の結果を争うには

1 労災認定や障害等級認定の結果は争うことができる

労災認定や障害等級認定の結果に不服があるときは、審査請求という不服申立ての方法によって争うことができます。審査請求は、都道府県労働局の労働者災害補償保険審査官に対して行います。

審査請求は、労災保険の給付請求に対して支給・不支給の決定通知書を受け取った日の翌日から3か月以内とされています。「3か月」という期間は、長いようで短いです。なぜなら、支給・不支給の決定についてどのように争うかを検討したり、先例を調べたり、その結果をまとめたりするには、それなりの期間がかかってしまうからです。

ですから、労災認定や障害等級認定の結果に疑問を感じた際には、なるべく早く弁護士などの専門家に相談する必要があります。

 

2 審査請求のための準備とは

審査請求の前にまずしなければならないことは、労災関係資料の開示請求です。労災認定や障害等級認定のために収集された資料の一部は、都道府県労働局長に対する保有個人情報の開示請求によって、開示を受けることができます。ただし、診療録(カルテ)などの一部資料は黒塗りされて開示されることが通常です。診療録(カルテ)については、別途、各医療機関に請求することで、開示を求めることができます。

また、労働基準監督署の担当調査官に資料から分からない点を電話などで質問することで、説明を受けられることもあります。

このような準備は、ご自身でできないわけではありませんが、手間と知識を要することから、弁護士などの専門家に依頼して進めることをお勧めします。

 

3 審査請求の結果にも納得がいかなければ

審査請求の結果にも納得がいかなければ、さらに、再審査請求や訴訟によって争う方法があります。ここまで来ると、ご自身で進めることはかなり難しくなりますので、弁護士などの専門家に依頼して進めるべき(できれば、審査請求の段階から弁護士などの専門家に依頼することをお勧めします。)です。

 

厚生労働省サイト「労働保険審査制度の仕組み」https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/shinsa/roudou/02-01.htmlより

 

第7章 会社に対する損害賠償請求のポイント

1 会社にいつどうやって損害賠償を請求するか

労災保険の請求とは別に、会社に対する損害賠償の請求を検討したほうがよいことは、すでに説明しました。ただ、会社に対する損害賠償は、どのタイミングで請求すべきでしょうか。また、まずは交渉からか、いきなり訴訟で決着をつけるか、どのような方法がよいのでしょうか。

これらについては、絶対的な答えはありませんし、弁護士によって考え方は違うと思いますので、ここからの説明は、あくまでも筆者の個人的な見解と考えてください。

 

(1) 請求のタイミングをどうすべきか

まず、請求のタイミングについては、「できる限り早く」が望ましいものの、方針が固まっていないにもかかわらず、むやみに請求に着手するというのは、望ましい対応とはいえないように思います。

例えば、納得のいく労災認定や障害等級認定を受けられる見通しが立っていないにもかかわらず、いきなり請求に着手してしまうと、場合によっては、会社が「証拠隠し」に走ってしまうかもしれません。労災認定や障害等級認定の見通しをきちんと立てたうえで、もし会社が「証拠隠し」に走るおそれがあるのであれば、必要に応じて証拠保全を検討するのが、賢明な選択です。正確な見極めは難しいですが、少なくとも、「これから事件がどのように進むか」をきちんと考えずにやみくもに請求に着手することは、自分の足をすくうことになるかもしれません。

もっとも、迅速に交渉を進めるために、労災認定や障害等級認定を受けられる見通しが十分に立っていなくても、すぐに請求に着手すべき場合があります。

それは、会社側に、早期解決に向けて積極的に話合いに応じる姿勢が見られる場合です。長時間労働による労災事件の場合、会社側にとってむやみに事を荒立てるのは、決してよいことではありません。ですから、会社側が早期解決に向けて積極的に話合いに応じることは、決して珍しいことではありません。このような場合には、会社との交渉を早くスタートすることが望ましいでしょう。ただし、たとえ会社側に話合いに応じる姿勢があったとしても、やはり、弁護士などの専門家には相談すべきです。なぜなら、会社側は弁護士に相談したうえで交渉に臨むケースが多いことから、労働者側もきちんと専門家の意見を聴かなければ、なかなか対等な話合いができないからです。

(2) 交渉からスタートするか・訴訟からスタートするか

会社との交渉からスタートするか、それとも、いきなり訴訟からスタートするか、つまり、一切会社には知らせずに、いきなり訴状を出すかは、難しい問題です。

例えば、十分に勝算があり、かつ、会社に話合いの姿勢が全く見られないケースであれば、いきなり訴訟からスタートする選択肢もあり得ます。

ただ、その一方で、勝算が不十分なケースや、会社に話合いの姿勢が見られるケースであれば、まずは交渉からスタートするほうがよいと思います。なぜなら、交渉のほうが訴訟よりも早期解決できるケースは多いですし、たとえ最終的に訴訟で解決せざるを得ないとしても、事前に交渉をして会社側の言い分を知っておくことで、訴訟を見据えた準備がしやすくなるからです。

 

(3) ポイント

ここまで説明した考え方は、あくまでも一例ですし、実際の事案においては、さらに複雑な戦略が必要なことも多々あります。もっとも望ましい対応は、できる限り早期に弁護士などの専門家に相談し、どのような戦略で臨むべきか、的確なアドバイスを受けることであると思います。

2 どのような損害が認められるか

さて、会社に対して、どのような損害の賠償を求めることができるでしょうか。労災事件において損害額を算定する際には、交通事故事件の考え方を参考にするのが一般的です。そこで、交通事故事件における損害額算定の考え方をもとに、労災事件においてどのような損害が認められるか、基本的なポイントを説明したいと思います。

 

(1) 後遺障害もなく死亡もしていないケース

 

ア 休業損害

 

労災が原因で休業を余儀なくされた場合、その期間の休業損害を請求することが一般にできます。たとえ休業補償給付を受けていても、その額は給付基礎日額(平均賃金に近い額)の6割ですから、およそ4割の休業損害は補償されていないことになります。ですから、およそ4割の休業損害については、一般に、会社に対する損害賠償として請求することができるのです。

なお、休業補償給付を受けると、一緒に、給付基礎日額の2割に相当する休業特別支給金を受け取ることができますが、休業特別支給金は休業損害を補償するものではありませんので、損害賠償として請求できる額から差し引かれないことになっています。つまり、給付基礎日額の2割部分は、休業特別支給金と、会社からの損害賠償と、2重にもらえることになっているのです。

 

イ 入通院慰謝料

 

入通院期間の長さなどに応じて、慰謝料が認められます。会社側の悪質性によっては、慰謝料の増額が認められる余地があります。

そのほか、入院雑費、通院交通費などが、損害として認められます。

 

(2) 死亡はしていないが後遺障害があるケース

 

ア 休業損害(前述)

 

イ 入通院慰謝料(前述)

 

ウ 後遺障害逸失利益

 

後遺障害逸失利益とは、簡単にいえば、障害のせいで仕事の能力が下がってしまい、もし障害がなければ得られていた収入と、障害のせいで減ってしまった収入の差額のことです。

障害のせいでどれくらい仕事の能力が下がったかについては、認定された障害等級をベースに主張することが一般的ですので、障害等級認定は後遺障害逸失利益を算定するうえでも重要な意味をもちます。

また、後遺障害逸失利益は、一般に、労災事件が起きる前にどれくらい収入を得ていたかをもとに計算します。サービス残業をしていた場合には、サービス残業にも残業代を受け取っていればどれくらいの収入があったのかをベースに主張することも考えられます

 

エ 後遺障害慰謝料

 

後遺障害慰謝料は、認定された障害等級の程度によって、おおむね相場額が決まっています。もっとも、会社側の悪質性によっては、慰謝料の増額が認められる余地があります。

そのほか、入院雑費、通院交通費、介護が必要なケースにおける介護費用・自宅改造費などが、損害として認められます。

 

(3) 死亡したケース

 

ア 葬儀関係費

 

亡くなった方の一定の葬儀関係費が、損害として認められます。

 

イ 死亡による逸失利益

 

死亡による逸失利益とは、簡単にいえば、もしその人が生きていれば将来得ていたと考えられる収入のことです。

死亡による逸失利益は、一般に、労災事件が起きる前にどれくらい収入を得ていたかをもとに計算します。サービス残業をしていた場合には、サービス残業にも残業代を受け取っていればどれくらいの収入があったのかをベースに主張することも考えられます。

 

ウ 死亡慰謝料

 

死亡慰謝料は、亡くなった方の立場によって、おおむね相場額が決まっています。もっとも、会社側の悪質性によっては、慰謝料の増額が認められる余地があります。

 

(4) 労災保険との調整

 

労災保険の給付を受けていると、さらに損害賠償を受けることで二重取りにならないように、損害賠償の額が減らされます。とはいえ、労災保険で給付を受けられる分をそのまま差し引かれてしまうわけではありません。

例えば、入通院慰謝料や後遺障害慰謝料については、労災保険を受けていることを理由に減額はされません。また、特別支給金の分についても、減額の対象外です。

詳しい説明については割愛しますが、基本的に、労災保険の給付を受けて、さらに損害賠償を受けるほうが、損害賠償を受けるのみの場合よりも得になることが一般的です。

 

(5) 詳しくは弁護士に相談を

 

以上は、あくまでもポイントを簡単に説明したにすぎません。実際に法律相談にいらしていただければ、事実関係の詳細な聴き取りを行ったうえで、損害額の見立てについて詳しくお伝えすることができます。ですから、会社への損害賠償を検討する際には、弁護士への相談をご検討ください。

 

3 会社の責任をどうやって主張するか

(1) 会社が責任を負う根拠は

会社が長時間労働による労災事件について損害賠償の責任を負う根拠には、大きく、不法行為責任と、債務不履行責任があります。

不法行為責任とは、簡単にいえば、労災事件の被害者に対して長時間労働の原因になる業務命令を行った過失の責任を、会社に負わせるということです。

また、債務不履行責任とは、会社が労働契約上負っている義務を守っていないせいで労災事件が起きたとして、会社に契約上の義務違反の責任を負わせるということです。

どちらの根拠を用いたとしても、(1)会社が何か義務を負っていて、(2)その義務に違反したせいで労災事故が起きたのだから、責任を負いなさい、という発想は同じです。

電通事件最高裁判決(最二判平成12年3月24日)では、「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う」と判断されています。会社が、このような義務を怠ったといえるのであれば、損害賠償責任が認められることになります。

 

(2) 労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務の違反をどうやって主張するか

それでは、「労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務」を怠ったと、どうやって主張すればよいでしょうか。

まずは、会社が、労働時間についてきちんと管理できていなかったという主張を考えなければなりません。例えば、人手不足の状況であった、1人1人に任せられる仕事の量が多すぎた、休憩がまともに取れない状況だった、タイムカードのチェックがされていなかったなど、できる限り具体的な事実を主張する必要があります。

そのような労働時間の管理上の問題があって長時間労働が横行していたといえれば、それだけでも「労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務」を怠ったことを疑わせる事情として評価されます。ただ、できれば、さらにそれを補強するような主張をしたいところです。

そこで、主張する中で盛り込むと効果的なのが、労働安全衛生法違反です。「法律に違反していた」というのは、「それなら会社が悪い」という評価につながりやすいからです。

そこで、労働安全衛生法の規定の中で、長時間労働による労災事件と関係のあるものを、いくつか紹介します。もし、会社がこのようなルールをきちんと守っていなかったのであれば、それを積極的に主張するのが効果的です。

 

ア 健康診断をきちんと実施していないなど

 

(会社の費用で)健康診断をきちんと実施していないことは、労働安全衛生法違反として主張することができます。深夜労働が常態的になっているケースでは、年に1回の健康診断では足りず、6か月に1回の健康診断を行わなければなりません(特定業務従事者の健康診断)ので、そのような健康診断をきちんと行っていなかったことも、労災事故につながったと主張することができます。

また、たとえ健康診断を実施していたとしても、その結果に基づいて労働時間短縮や配置転換、仕事量の軽減などの措置をきちんと取っていなかったことも、主張につなげることができます。

 

イ 面接指導を受けさせなかったことなど

 

労働者が1月80時間を超える時間外労働をしていて、労働者が面接指導を申し出ているにもかかわらず、(会社の費用で)医師の面接指導を受けさせなかったことは、労働安全衛生法違反として主張することができます。

また、たとえ面接指導を受けさせたとしても、その結果に基づいて労働時間短縮や配置転換、仕事量の軽減などの措置をきちんと取っていなかったことも、主張につなげることができます。

労働安全衛生法違反以外でも、労働者の安全や健康に関する法令違反がある場合には、積極的に主張すべきです。弁護士に相談する際でも、「この前に面接指導をお願いしたのに受けさせてくれませんでした」「うちの業種では労働時間について法律でこんなルールがあるはずです」など、法令違反の主張につながるような事情を積極的に伝えるべきです。特に、その業種独自の法律上のルールについては、弁護士も知らないケースが多いですから、実際にその業種で働いている方の情報は、大きなヒントになります。

 

(3) 労働安全衛生法違反の主張は損害額の主張にもつながる

 

会社の労働安全衛生法違反が悪質であれば、慰謝料の増額を求める主張につなげられる余地があります。労働安全衛生法違反がなかったかをきちんと検討し、もし労災事故につながる違反があったのであればきちんと主張に盛り込んでおくことで、交渉や訴訟を有利に進めていくことができます。

 

4 損害賠償については弁護士に相談を

ここまで、会社に対する損害賠償について、基本的な考え方を説明しましたが、実際には他にも様々な法律的な問題があります。まずは、弁護士に相談して、明確なアドバイスを受けることをお勧めします。

 

 

 

第8章 長時間労働による労災事件を争いたい方は

このコラムでは、長時間労働による労災事件を争うために知っておきたいポイントについて紹介しましたが、実際に争うためには、さらにたくさんの専門的な知識が必要です。

当事務所では、労災事件に関するご相談を、初回相談(60分)無料でお受けしています。ご相談では、労災保険の手続の進め方や、会社との争い方について、弁護士が詳しくお話しいたします。また、弁護士費用についても、ご相談の内容を踏まえて詳しくご説明いたしますので、安心してご依頼をいただくことができます。

また、当事務所は、労災事件のほか、残業代請求事件などの長時間労働にかかわる労働問題を取扱い、かつ、交通事故事件に携わる中で後遺障害に関する知識を集積してきた確かな実績があります。

当事務所は、神戸のほか、大阪・京都にもございますし、それ以外の地域の方のご依頼でも対応いたしております(神戸・大阪・京都のいずれかの事務所へのご来所は必要です)。

 

※お問い合わせの際に「神戸のサイトを見た」とお伝えいただければ幸いです。

このコラムを書いた人

弁護士 石田優一
兵庫県弁護士会所属 68期 登録番号53402
情報処理安全確保支援士、応用情報技術者の資格を持つ若手弁護士。IT、IoT、営業秘密など、いつでもすぐに、最新の問題に対応するリーガルサービスを提供できるよう、5年先、10年先を読みながら、日々研鑽を積んでいる。
プロフィールはこちら

同じカテゴリのコラム記事

みおの関連サービス