弁護士法人 みお綜合法律事務所神戸支店

兵庫・神戸ブランドを守る地理的表示制度

第1章 「灘五郷」が地理的表示の対象に

平成30年6月28日、国税庁長官は、「灘五郷」を、新たに地理的表示(GI)の対象に指定しました。日本酒産地の指定は、平成17年指定の「白山」、平成28年の「山形」に次いで、国内で3例目となります。

地理的表示とは、原産地の特徴と結びついた特有の特性や、社会的評価を備えている産品について、原産地や品質を特定する表示のことです。

例えば、「灘五郷」は、西郷・御影郷・魚崎郷・西宮郷・今津郷の酒造りに適した特徴的地形と地下水、そして、伝統を守る地域の杜氏と地域の技術者・研究者らによって受け継がれてきた清酒の地域ブランドを示し、この地域の清酒は、味わいの要素の調和がとれ、後味の切れの良さ等の特性を有しています。「灘五郷」の表示ができる清酒は、灘五郷内で採水した水のみを使用し、灘五郷で製造されたこと等の一定の条件をクリアしたものに限られます。

地域では、「灘五郷」のブランドを普及させるために様々なイベントが開かれているほか、海外での知名度を高めるための取組みも進められています。

第2章 地理的表示制度の歴史

1 欧州の伝統的制度に由来している

欧州では、15世紀頃から、原産地名称が法的に保護されるようになり、1883年(明治16年)に制定された工業所有権の保護に関するパリ条約では、農産物・食品を含む産品について原産地の虚偽表示が禁止されました。

また、フランスでは、同じ頃、ワインの虚偽表示の横行が社会問題となり、法律による規制が進められました。1919年(大正8年)には、「原産地呼称の保護に関する法律」が制定され、ワインのほか、チーズ等その他の農産物も対象とした原産地呼称の保護が行われましたが、まだ、品質についての規制はありませんでした。そのために、劣悪品種のワインの流通が問題となったことから、1935年(昭和10年)、原産地呼称ごとに生産基準を定めて管理統制するAOC法が制定されました。AOC法は、もともとワインと蒸留酒のみが対象でしたが、1990年(平成2年)に、ワイン・蒸留酒以外の農産物・食品にも適用されるようになりました。

1992年(平成4年)には、現EU(旧EC)において「地理的表示及び原産地呼称に関する理事会規則」が採択され、農産物・食品を対象とした欧州一体の原産地と品質に関する証明制度が誕生しました。この規則では、地理的表示の目的に、農産物生産推進等の農業政策的な側面と、消費者に明瞭な原産地情報を提供する消費政策的な側面があることが、掲げられました。

2 TRIPS協定の成立によって欧州から世界へ

その後、EUの強い意向等から、1994年(平成6年)に結ばれたTRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)に、地理的表示の概念が盛り込まれ、WTO加盟国には、地理的表示を保護すべき義務が課せられました。もっとも、TRIPS協定では、ワイン・蒸留酒の地理的表示以外の農産物・食品については、原産地の誤認を招く表示を禁止するにとどまり、EUのような地理的表示を知的財産として保護する制度を創設することまでは求めていませんでした。その背景には、元来欧州からの移民とその子孫が多く、欧州文化の影響を受けて欧州の地域名を冠した商品が流通していたアメリカ等の国が、EUの地理的表示制度の拡大に対して消極的であったことがあります。

3 TRIPS協定成立後の日本の対応

わが国では、TRIPS協定が結ばれた平成6年に、酒税保全法(酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律)に基づく表示規制の1つとして、ワイン・蒸留酒の地理的表示制度を導入しました。平成17年には清酒産業の振興のために清酒にその適用対象を拡大しましたが、それ以外の農産物・食品については、長年、地理的表示制度が導入してきませんでした。

もっとも、地理的表示制度の必要性については、長年議論されてきました。平成22年に閣議決定された「食料・農業・農村基本計画」において、農産物等のブランド化を促進するために地理的表示を支える仕組みの創設が打ち出され、平成26年に地理的表示法(特定農林水産物等の名称の保護に関する法律)が制定されました。

第3章 地理的表示制度の概要

1 日本の地理的表示制度は2種類ある

前章で述べた沿革から、現在のわが国の地理的表示制度は、(1)酒類を対象にした酒税保全法に基づく制度と、(2)酒類以外の農産物・食品を対象にした地理的表示法に基づく制度があります。

酒類の場合は国税庁長官の指定、酒類以外の農産物・食品の場合は農林水産大臣の登録によることなど、若干の制度上の違いはありますが、2つの制度は基本的に類似しています。このコラムでは、地理的表示法に基づく制度について説明します。

2 地理的表示としての保護とは

地理的表示の登録を受けると、対象となる農産物等に、「GIマーク」とともに、地理的表示を付することができるようになります。例えば、平成27年に登録された「神戸ビーフ」は、一定の要件を満たした兵庫県内の但馬牛のみに表示することができ、「神戸ビーフ」の表示をする際には、必ず「GIマーク」を付さなければなりません。登録産品を主な原材料とする加工品については、地理的表示を付することができます。

一方、同一の区分に属する農産物等やその加工品について、地理的表示の要件を満たさないものに地理的表示を付することは禁止されます。例えば、たとえ但馬牛であったとしても、兵庫県外で肥育したものに「神戸ビーフ」という表示をすることはできません。同様に、類似表示も禁止されることから、「大阪産神戸ビーフ」「神戸ビーフ風」等の表示もできません。

なお、(1)地理的表示の登録前に出願された商標等を使用する権利を有する者や、(2) 地理的表示の登録前から同一・類似の表示を不正の目的なく使用していた者(先使用者)等は、例外的に地理的表示を使用することができます。

地理的表示を付する場合に「GIマーク」を付さなければならないのは、きちんと品質を満たしていることを明示するためです。地理的表示だけでは、品質を満たした商品か、それとも、単に商標権者や先使用者した表示か、区別することができません。消費者は、「地理的表示」と「GIマーク」で、品質を満たした商品であることを確認することができます。

農林水産大臣は、表示規制に違反している者に対して、不適正な表示の是正を行う措置を命令することができます。地理的表示に似た制度として、「地域団体商標」制度がありますが、この制度は事業協同組合、農協等の団体に商標権を認めるもので、権利侵害に対しては団体自らが損害賠償や差止め等の請求をしなければなりません。地理的表示の場合、団体自らが法的措置を講じなくても農林水産大臣の措置命令によって地域ブランドを守ることができるメリットがあります。

3 地理的表示の登録を受けるには

(1) 地理的表示の要件

地理的表示として登録の対象となるのは、次の要件を満たす表示に限られます。

ア 食用の農林水産物・飲食料品、政令で指定された非食用の農林水産物・加工品(い草・木炭等)の名称であること
イ 特定の地域を生産地とし、その生産地と結びつきのある品質等の確立した特性を持つこと
ウ その名称によって生産地と特性を特定できるものであること

例えば、「神戸ビーフ」は、約1200年前から、兵庫県北部、但馬地方の恵まれた自然環境の中で、長い歳月をかけて地域の人の努力で改良され、最高品質の肉質を有する肉用牛として作り出された経緯があり、「特定の地域」の「生産地と結びつきのある品質等の確立した特性」を持っています。

「品質等の確立した特性」が認められるには、他の同種の農産物等と比較して差別化された特徴があり、その特徴のあるものが少なくとも25年程度は生産された実績がなければなりません。

地理的表示には、必ずしも地域名が入っていなければならないわけではありません。例えば、漬物の「すんき」は、長年の歴史の中で名称が浸透し、「すんき=木曽」というイメージが定着していることから、地理的表示の登録が認められています。

現在、登録されている産品の一覧は、農林水産省サイトから確認することができます。各産品の登録簿を参照することで、具体的に、どのような特性を有したものに地理的表示の登録が認められているかが分かります。

(2) 地理的表示の登録申請ができる団体

地理的表示の登録申請ができるのは、地理的表示が示す農林水産物等の生産業者を直接・間接に構成員とする団体(生産者団体)に限られます。また、生産者団体は、登録後の品質管理に関する業務(生産工程管理業務)を行うことができるように、体制を整備しておかなければなりません。

例えば、「神戸ビーフ」の場合、「神戸肉流通推進協議会」が登録生産者団体となっており、独自のシステムによって厳格な品質管理を行っています。

(3) 登録申請の流れ

登録申請の流れは、次のとおりです。必要な書類を生産者団体が農林水産大臣の提出した後、申請内容が公示され、3か月の意見書提出期間を経た後、学識経験者による意見聴取が行われます。

(農林水産省「地理的表示保護制度登録申請マニュアル」より)

申請に当たっては、申請書、明細書、生産工程管理業務規程や、添付資料を提出しなければなりません。詳しくは、農林水産省サイトの「地理的表示保護制度登録申請マニュアル」に記載されています。

4 登録後の品質管理(生産工程管理業務)

生産者団体は、品質管理のために、基準となる明細書を定めて、構成員である生産者が明細書に適合した生産を行うように、指導、検査等の業務をしなければなりません。

生産者団体は、生産工程管理業務規程をあらかじめ定める必要があり、かつ、生産工程管理業務の実施状況を毎年農林水産大臣に報告しなければなりません。また、生産工程管理業務を適確・円滑に実施するために必要な経理的基礎や、その公正な実施のために必要な体制を備えなければなりません。

(農林水産省「地理的表示保護制度登録申請マニュアル」より)

5 地理的表示制度の意義

地理的表示制度は、生産者団体の生産工程管理業務によって生産者の品質管理を徹底させ、かつ、基準を満たしていないにもかかわらず地理的表示を不正に行っている生産者に対して農林水産大臣が必要な措置命令を出すことができる仕組みによって、「地域ブランド」の価値を保護しています。

また、地理的表示制度は、欧州諸国をはじめとする多くの国において評価される制度であることから、地理的表示制度で「地域ブランド」に国のお墨付きを与えることで、世界的な知名度を高め、海外展開を促進することにもつながります。

6 酒類の地理的表示について

酒類の地理的表示については、国税庁長官が指定を行い、地域内の酒類製造業者が主たる構成員となって組織される団体が管理機関となって品質の管理を行います。

(国税庁「酒類の地理的表示活用の手引き(平成28年3月)」より)

第4章 兵庫・神戸ブランドを活かす

現在、兵庫県内では、平成27年12月22日に農林水産大臣の登録を受けた「但馬牛」と「神戸ビーフ」、令和元年5月8日に同大臣の登録を受けた「佐用もち大豆」、そして、平成30年6月28日に国税庁長官の指定を受けた「灘五郷」、令和2年3月16日に同長官の指定を受けた「はりま」が、地理的表示制度の対象になっています。

兵庫県内には、他にも、地域性を生かした農林水産物が多く存在します。例えば、但馬地方では、但馬牛のほか、「岩津ねぎ」や「朝倉山椒」といった歴史的な特産が知られています。また、他にも、兵庫県内には、「丹波栗」「明石鯛」、「淡路島たまねぎ」といった様々な特産があります。

安価な輸入製品が流通している昨今において、日本の農林水産業を守るために重要なことは、高品質の「地域ブランド」をPRして、全国、そして、世界へと、知名度を高めていくことです。

兵庫県は、北は日本海、南は瀬戸内海を臨み、内陸は山々に囲まれ、多様な気候と風土から「日本の縮図」ともいわれています。だからこそ、各地域において、それぞれの特性を活かした特産物が豊富です。また、「神戸ビーフ」に代表されるように、神戸は、歴史的に、港町の特性を活かした海外発信力をもっています。

地理的表示制度は、日本ではなじみが薄く、十分に浸透してはいません。とはいえ、だれもが一度はデパートの「地域物産展」で長蛇の列ができるのを目にしたことがあるように、日本には、もともと、地域ブランドに魅力を感じ、尊重する文化があります。ですから、今後、地理的表示制度に対する日本での評価は高まっていき、認知されていくように思われます。

「日本の縮図」といわれる兵庫県が、日本の先駆けとして、今後、地理的表示制度を積極的に活用していくことを期待します。