遺言書の保管方法について ― 大切な想いを確実に届けるために
「終活」という言葉が広く使われるようになり、ご自身の財産や想いを次の世代にどう引き継ぐかについて考える方が増えています。遺言書は、ご自身の意思を確実に実現し、残されたご家族の間で無用な争いが起きることを防ぐための、非常に大切な手段です。
しかし、せっかく遺言書を作成しても、保管方法を誤ると、紛失・改ざん・隠匿といったリスクが生じたり、法的に無効となってしまったりする場合があります。遺言書は「作ること」と同じくらい「どこに保管するか」が重要なのです。
本コラムでは、弁護士の立場から、現在利用できる遺言書の主な保管方法を3つに整理し、それぞれのメリット・デメリット、そしてどのような方に適しているかをわかりやすく解説いたします。
1.自筆証書遺言を自宅で保管する方法
(1) 自筆証書遺言とは
自筆証書遺言は、遺言者がその全文、日付及び氏名を自書し、これに押印することによって作成する遺言です(民法第968条第1項)。なお、平成30年の民法改正により、相続財産の目録(財産目録)については、自書によらずにパソコン等で作成することも認められるようになりました(同条第2項)。ただし、財産目録の各ページに署名押印が必要です。
この方式で作成した遺言書を、自宅の金庫や引き出しなどに保管する方法が、最もシンプルな保管方法です。
(2) メリット
ア 費用がかからない
自分一人で作成・保管ができるため、費用は原則として不要です。紙とペンと印鑑さえあれば、いつでもどこでも作成することができます。
イ 誰にも内容を知られない
証人や立会人が不要であるため、遺言の内容を完全に秘密にしたまま作成・保管することが可能です。
ウ 何度でも書き直しが容易
気持ちや事情の変化に応じて、自分の判断で自由に書き直すことができます。弁護士等に依頼せずに書き直せば費用もかかりません。ただし、書き直す場合には、以前の遺言書を撤回する旨を明記しておくことが望ましいでしょう(民法第1023条参照)。たとえば、「令和○年○月○日付遺言を撤回する」と記載する方法があります。
(3) デメリット
ア 紛失・改ざん等のリスク
自宅に保管する場合、紛失、盗難、火災等による滅失のリスクがあります。また、遺言内容に不満を持つ相続人等によって、隠匿や偽造・改ざんがなされる危険性も否定できません。相続人が遺言書を発見した場合に「これは偽造ではないか」と疑いが生じ、新たな紛争の火種になることもあります。
イ 方式不備による無効のリスク
自筆証書遺言には厳格な方式要件が定められており(民法第968条)、日付の記載漏れや押印忘れなどの些細なミスによって、遺言全体が無効となる場合があります。また、遺言作成時の遺言能力(意思能力)が争われるリスクもあります。
ウ 検認手続が必要
遺言者が亡くなった後、相続人は遅滞なく家庭裁判所に遺言書を提出して「検認」の手続を受けなければなりません(民法第1004条第1項)。検認手続には、被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本等の書類を収集する必要があり、相続人にとって相当な労力と時間を要します。
エ 手書きの負担
遺言書の本文は全文を自書する必要があるため、記載事項が多い場合には、書く負担が大きくなり、書き間違いのリスクも高まります。
(4) このような方におすすめ
とりあえず遺言を残しておきたい方、費用をできるだけ抑えたい方、あるいは遺言の内容を頻繁に変更する可能性がある方には、まずは自筆証書遺言の自宅保管から始めることが考えられます。ただし、将来的には、後述する法務局での保管制度や公正証書遺言への切り替えも視野に入れておくとよいでしょう。
2.自筆証書遺言書保管制度を利用する方法
(1) 制度の概要
令和2年(2020年)7月10日から、「法務局における遺言書の保管等に関する法律」(遺言書保管法)に基づき、自筆証書遺言を法務局(遺言書保管所)に預けることができる制度が始まりました。この制度は、自筆証書遺言の手軽さというメリットを活かしつつ、保管にまつわるリスクを解消するために創設されたものです。
保管の申請ができる遺言書保管所は、遺言者の住所地、本籍地、または遺言者が所有する不動産の所在地を管轄する法務局です(遺言書保管法第4条第3項)。
(2) メリット
ア 紛失・改ざん等のリスクがない
法務局が遺言書の原本を保管するため、紛失、偽造、変造、隠匿等のおそれがありません。原本は50年間、遺言書に関する情報のデータは150年間保管されます(遺言書の保管等に関する政令)。
イ 手数料が安価
保管申請にかかる手数料は、1件につき3,900円(収入印紙で納付)です。一度保管すれば追加の手数料はかかりません。公正証書遺言と比べると、非常にリーズナブルな費用で利用することができます。
ウ 検認手続が不要
この制度を利用した場合、相続開始後の家庭裁判所における検認手続が不要となります(遺言書保管法第11条)。これにより、相続手続を早期に開始することが可能になり、相続人の負担が大きく軽減されます。
エ 方式不備をある程度防げる
保管申請時に、遺言書保管官が日付・氏名・押印などの外形的な方式要件をチェックしてくれます。そのため、形式的な不備によって遺言が無効となるリスクをある程度防ぐことができます。
オ 証人が不要
公正証書遺言とは異なり、証人の立会いは不要です。遺言の内容を他人に知られたくないという方にも利用しやすい制度です。
カ 相続人等への通知制度
一定の条件を満たす場合、法務局から相続人等に対して遺言書が保管されている旨が通知されるため、遺言書が発見されないまま相続手続が進められてしまうリスクも軽減されます。
(3) デメリット
ア 本人の出頭が必要
保管申請は、遺言者本人が法務局に出頭して行う必要があります(遺言書保管法第4条第6項)。代理人による申請は認められていないため、身体が不自由な方や外出が困難な方にとってはハードルとなる場合があります。
イ 所定の様式に従う必要がある
保管できる遺言書は、法務省令で定められた様式に従って作成する必要があります。
ウ 内容面の保証はない
法務局はあくまで遺言書を預かるだけであり、遺言の内容についての相談には応じてもらえません。また、遺言の有効性や遺言能力について保証してくれるわけでもありません。内容面に不安がある場合は、別途、弁護士等の専門家にご相談されることをおすすめします。
エ 手書きが必要である点は変わらない
あくまで自筆証書遺言ですので、遺言書の本文は自ら手書きで作成する必要があります。記載事項が多い場合には、書き間違い等のリスクも高まります。
(4) このような方におすすめ
費用や手間を抑えつつ、紛失・改ざんのリスクを避けたい方に適した制度です。特に、公正証書遺言の費用負担が気になる方、相続人間の関係に不安があり遺言書の安全な保管を確保しておきたい方、そして相続人の検認手続の負担を軽減しておきたい方にとって、有力な選択肢となるでしょう。
3.公正証書遺言を作成する方法
(1) 公正証書遺言とは
公正証書遺言は、遺言者が公証人の面前で遺言の内容を口授し、公証人がこれを筆記して作成する遺言です(民法第969条)。作成された遺言書の原本は公証役場で保管されるため、遺言の安全性が最も高い方式といえます。
なお、2025年(令和7年)10月1日から、公正証書遺言の作成手続がデジタル化されました。これにより、一定の要件を満たせば、Web会議システムを利用したリモート方式での公正証書遺言の作成も可能となっています。
(2) メリット
ア 無効となるリスクが低い
公証人は法律の専門家であり、豊富な実務経験を有しています。公証人が作成に関与するため、方式の不備によって遺言が無効となるリスクは極めて低く、遺言の信頼性が高いといえます。自筆証書遺言と比較して、遺言能力が争われた場合にも、遺言の有効性が認められやすい傾向にあります。
イ 紛失・改ざんのリスクがない
原本は公証役場で保管されるため、紛失、偽造、変造、滅失のおそれがありません。2025年10月以降に作成された公正証書遺言の原本は、電子データとして保管されるようになりました。
ウ 検認手続が不要
公正証書遺言の場合も、家庭裁判所における検認手続は不要です(民法第1004条第2項)。
エ 手書きの必要がない
公証人が遺言書の本文を作成するため、遺言者自身が手書きする必要がありません。記載内容が多い場合でも正確な遺言書を作成することができ、誤字脱字による内容の不明確化を回避できます。
オ リモート方式の利用が可能に
2025年10月から開始されたデジタル化により、Web会議システムを通じて自宅や入所施設等から公正証書遺言を作成できるようになりました。外出が困難な高齢者の方でも利用しやすくなっています。ただし、リモート方式を利用できるのは、嘱託人が希望し、かつ公証人が相当と認めた場合に限られますので、ご留意ください。
(3) デメリット
ア 費用がかかる
公正証書遺言の作成には、遺産の価額に応じた公証人手数料が必要です。
イ 証人が2人以上必要
公正証書遺言の作成には、証人2人以上の立会いが必要です(民法第969条第1号)。そのため、少なくとも証人には遺言の内容を知られることになります。もっとも、弁護士事務所に作成を依頼する場合には、事務所の職員が証人となることで、それ以外の他人に内容を知られることはありません。
(4) このような方におすすめ
費用や手間がかかっても、遺言が無効になるリスクを最小限に抑え、ご自身の意思を確実に実現したい方に最適です。特に、相続財産が多い方、財産の分割方法を細かく指定したい方、相続人間で紛争が予想される方(たとえば、前婚のお子様と現在の配偶者がいらっしゃる場合など)には、公正証書遺言を強くおすすめいたします。
また、2025年10月からのリモート方式の導入により、外出が困難な方にも利用しやすくなりましたので、これまで公証役場への出向きが難しく断念されていた方も、改めてご検討いただければと思います。
4.まとめ ― ご自身に合った保管方法を選ぶために
以上のとおり、遺言書の保管方法には、それぞれ異なる特徴があります。どの方法が最適かは、ご自身の財産の内容や金額、ご家族の状況、費用面のご希望などによって異なります。
一般的な目安としては、次のように考えるとよいでしょう。まず、とりあえず遺言を残しておきたい場合や費用を最小限に抑えたい場合には、自筆証書遺言の自宅保管が手軽です。次に、費用を抑えつつも安全に保管したい場合には、法務局での自筆証書遺言書保管制度が有力な選択肢です。そして、確実性を最も重視する場合や、財産が複雑で相続人間のトラブルが懸念される場合には、公正証書遺言が最も安心です。
遺言書は、作成した後も、ライフスタイルや家族構成、保有財産の変動に応じて定期的に見直すことが大切です。遺言書の作成や保管方法についてお悩みの際は、お気軽に弁護士にご相談ください。事案に応じた遺言書案のご提案から、法務局や公証役場への同行まで、幅広くサポートさせていただきます。





