交通事故で高次脳機能障害の診断を受けた場合の損害賠償
【ケース】
私の夫は、横断歩道を歩いている際に、直進車と衝突する事故を起こしました。夫は、身体を強打して跳ね飛ばされ、そのまま地面にたたきつけられて、意識を失いました。ドライバーが居眠り運転をしていたことが原因でした。 夫は、すぐに救急搬送されて緊急手術を受けて一命を取り留めましたが、しばらく意識のない状態が続きました。事故から2日後、ようやく意識を取り戻しましたが、それから1週間程度は、あまり話をすることができない状態でした。 主治医から、MRI検査の結果を知らされ、「『びまん性軸索損傷』が疑われること」や、「脳に障害が残る可能性があること」の説明を受けました。 夫は、その後順調に回復し、半年後には退院して、リハビリの後、職場復帰も果たしました。ただ、事故前は温厚な性格であった夫が、私に対して些細なことで怒鳴るようになり、出勤する際も、しばしば大切な書類を自宅に忘れるようになりました。夫は、職場でも様々トラブルを抱えているようで、「最近職場での折り合いが悪く、仕事を続けていくのがしんどい」と漏らすようになりました。 主治医からは、このような性格の変化や記憶の問題について、『びまん性軸索損傷』による高次脳機能障害の可能性があると言われているそうです。 夫が交通事故のせいで高次脳機能障害になったことが認められて、保険会社からきちんと保険金の支払いを受けるために、私が何か協力できることはありますか。 |
【このケースのポイントは?】
高次脳機能障害の立証のためには、何よりもご家族の協力が不可欠です。ご家族が高次脳機能障害のことを理解して、立証のための準備を早期に進めていくことが重要です。
【詳しい解説はこちら】
1 高次脳機能障害とは
人間の脳には、「見たり」「聞いたり」「感じたり」する機能や手足を「動かす」機能などの「一時機能」と、「話したり」「覚えたり」「他人の話を理解したり」「計画を立てたり」する機能である「高次脳機能」があります。高次脳機能障害とは、「他人とうまくコミュニケーションをする」「教えてもらったことを理解する」「スケジュールを立てて行動する」などの高次脳機能に関わる行動が、うまくできなくなる障害です。
交通事故による高次脳機能障害の種類には、事故で脳が強い衝撃を受けて損傷してしまう一次性損傷と、事故の影響で頭蓋骨内に出血が起きて脳が圧迫されることで損傷してしまう二次性損傷があります。本ケースの「びまん性軸索損傷」は、一次性損傷に分類されます。
2 びまん性軸索損傷とは
脳の中には、複雑な神経回路が編み目のようにつながっています。びまん性軸索損傷は、脳全体の「軸索」という部分が損傷して、脳内の様々な場所で神経回路が切れてしまうことをいいます。
「軸索」は大変小さいものですので、手術によってつなぎ直す方法はなく、びまん性軸索損傷を根本的に治療することはできません。ただし、びまん性軸索損傷が生じたとしても、それが現実に症状として現れるかどうかは、大きな個人差があります。
びまん性軸索損傷による症状としては、先ほど説明したように、「他人とうまくコミュニケーションをとることができない」「教えてもらったことを理解することができない(あるいはすぐに忘れてしまう)」「スケジュールを立てて行動することができない」といったものがあります。また、「感情をうまくコントロールすることができない」症状が現れるケースもあります。
3 高次脳機能障害についての損害賠償
交通事故のせいで高次脳機能障害を発症した場合には、加害者の加入する保険会社に対して、損害賠償(保険金)を請求することができます。具体的には、自賠責保険が認定した後遺障害等級に応じて、慰謝料や逸失利益(後遺障害のせいで将来の収入見込みが下がったことに対する損害)を請求することができます。
ただし、高次脳機能障害について損害賠償(保険金)を受けるためには、2つのハードルがあります。
1つ目は、脳内で損傷が生じたことが医学的に認められなければならない点です。
2つ目は、脳内で生じた損傷が原因で、実際に生活上の支障が生じていることが認められなければならない点です。
4 脳内で損傷が生じたことが医学的に認められるために
高次脳機能障害の認定を受けるためには、医学的に脳内で損傷が生じたことが認められなければなりません。
特に、びまん性軸索損傷については、診断が難しいとされています。
びまん性軸索損傷の認定においては、(1)事故後に意識障害があったか(あった場合にはその程度や時間)【ただし意識障害が必須の要件であるわけではありません】、(2)画像検査により事故後3か月間に脳の萎縮などを確認することができるかが、主な判断要素になります。特に、画像検査の結果は、認定において重視されます。
そのため、頭部に激しい衝撃を受けた事故でびまん性軸索損傷などの高次脳機能障害を発症する可能性がある場合には、MRIなどの精密検査を事故後3か月間において(できれば複数回)受けて、高次脳機能障害の認定のために必要な資料を確保しておくことが重要です。
被害者ご本人が精密検査の重要性についてご認識されていらっしゃらない場合は、ご家族からご本人にきちんとお話しをして、ご理解をいただくことが重要です。時には、ご家族から主治医に積極的なご相談することも必要です。
5 脳内の損傷が原因で生活上の支障が生じていることが認められるために
脳内に損傷が生じたとしても、実際に生活上の支障が出るか(あるいはその程度)は大きく個人差があります。そのため、高次脳機能障害の認定は、単に画像検査などの所見から高次脳機能障害の兆候が見られるだけでは認定されず、実際に生活上の支障が生じていることが明らかになって初めて認定されます。
高次脳機能障害による生活上の支障としては、例えば、次のようなものが挙げられます。
(a) 他人と話している内容を理解できない、あるいは、頭に思っていることをうまく言葉にできない
(b) 物事に集中することができず長時間の活動ができない
(c) 感情を抑えることができず、些細なことで感情的になってしまう
(d) 順序を考えながら作業をすることができない
(e) なかなか覚えることができない、あるいは、一度覚えたことをすぐに忘れてしまう
もっとも、人の性格や能力には個性がありますので、高次脳機能障害による生活上の支障が生じているかどうかは、事故前と事故後の変化によって判断する必要があります。そのため、高次脳機能障害の認定においては、被害者ご本人の周囲からの意見が重要になります。
ご家族としては、事故後のご本人の様子の変化を(些細な出来事も含めて)詳細に記録しておくことが重要です。例えば、ご本人の看護の際に感じたことを日記にしておくことなどが考えられます。
また、ご本人の友人や職場の方(お子様であれば学校の担任など)にご協力をいただいて、ご本人について気づいた変化を資料にしていただくことも考えられます。
このような資料がきちんと残されていると、高次脳機能障害の認定を受ける際に有利になります。
6 事故後お早めに弁護士に相談することをおすすめします
ご家族が大きな事故に遭われて、高次脳機能障害の可能性を医師から指摘された場合には、早期に弁護士にご相談されることをおすすめします。保険会社との交渉を有利に進めるために何を準備すべきかはケースバイケースで、専門家でなければ明確な判断が難しいものです。早期に弁護士のアドバイスを受けて、今後の交渉に向けて何を準備すればよいかをきちんと理解しておくことが、何よりも重要です。
当事務所では、交通事故のご相談について初回無料で承っております。高次脳機能障害に限らず、交通事故のことでお困りの際は、お気軽にお問い合わせください。