婚約破棄された場合の対応について弁護士が解説
【ケース】
私は、7年の交際のあと、交際記念日に彼に「毎日一緒にいてほしい」とプロポーズしてもらいました。私は結婚するなら彼と決めていたため、プロポーズを受け入れました。 私たちは、互いの両親への挨拶を済ませ、式場の予約も取り、大勢の友人に結婚式の招待状を送り、私は勤務先も寿退社することになりました。友人や職場の同僚達は私の結婚を祝福してくれ、職場では送別会も開いてくれました。 ところが、彼は、結婚式直前になって、プロポーズ後私の態度が変わってしまった、こんな人だとは思わなかったなどと言って、急に結婚を辞めたいと伝えてきました。 理由ははっきりしないのですが、心当たりといえば、新居選びの際に私には理想の新婚生活像があったため、やや強めに自分の希望を伝え、そのことでけんかすることが何度かあったことです。しかし、これが心変わりしなければならないようなものとも思えず、まったく納得が行きません。 彼本人があくまで拒む以上、結婚はできないのでしょうか。 |
【このケースのポイントは?】
1 裁判所の手続を利用して婚約の履行を求めることは考えられますが、あまり現実的ではありません
このケースで最初に考えられるのは、本人の意思に関わりなく約束どおり結婚してもらうことですが、法的には困難が伴います。
2 婚約の解消を不当として、損害賠償請求をすることが考えられます
現実的な選択肢としては、損害賠償を請求することが考えられます。一定の要件を満たす場合には、損害賠償の請求が認められます。
3 話合いがうまくいかない場合には弁護士に相談を
感情的にこじれやすい婚約破棄の紛争は、当事者間での話合いがうまくいかないことが多いです。話合いでの解決が難しい場合、弁護士への相談をおすすめします。
【詳しい解説はこちら】
1 はじめに
婚約相手から唐突に婚約破棄されてしまった場合、どうすればよいのでしょうか。考えられるのは、約束どおり結婚してもらうよう求めることと、結婚は断念したうえで、慰謝料などの請求をすることです。
2 婚約の履行請求はできないのか
(1) 婚姻の履行請求は基本的にできない
まず最初に考えられるのは、婚約を約束どおり履行してください(結婚してください)という請求です。
しかしながら、婚姻は完全に自由な意思によってされるべきものであるため、婚約が成立しても、当事者の一方にその気がなくなったときには、いつでも解消できなければならないとされています。
このため、強制的に結婚させることはできないものと考えられており、裁判所での手続を踏んでも、一方当事者の意思に反して結婚することはできません。
(2) 調停での解決は考えられるが
なお、このような場合でも、家庭裁判所に婚約の履行を求める調停を申し立てることはできるとされています。
ただ、調停はあくまで両当事者の話合いでの合意を目指す場です。
現実的な話として、果たして結婚を明確に拒否している一方当事者が、裁判所が間に入ったからといって、結婚のような一生にかかわる決断について意思を翻す可能性があるかについては、疑問があります。
このため、法的な手続により婚約を履行させるというのは、あまり現実的ではないように思われます。
3 損害賠償請求はできないか
(1) 損害賠償請求の要件
次に考えられるのが、婚約の解消が不当だとして損害賠償請求をしていくことです。このような請求をしていくには、いくつかの要件を満たす必要があります。
[損害賠償請求をするために少なくとも必要になる要件] ・婚約が成立していること ・婚約解消の意思表示をしたこと ・損害の発生とその額 ・婚約解消と損害との因果関係 |
(2) 婚約が成立していること
ア 婚約の成立を証明することの難しさ
当然ではあるのですが、婚約が成立している必要があります。
婚約自体は、当事者間での合意があれば足り、特に書類でのやりとりや指輪の交換をする必要はありません。
ところが、状況によっては、この婚約自体が本当になされたのか分からないとされるケースがあります。
例えば、一方が、まだまだ結婚するつもりもないものの、愛していることを伝えるつもりでクチにした言葉が、相手にはプロポーズの言葉として捉えられてしまうケースがあります。
このような場合、婚約が成立しているとはいえないでしょう。「毎日一緒にいて欲しい」という言葉だけをもって、プロポーズの言葉といえるかは、法的にはかなりの疑問があります。
イ どのように証明すればよいのか
また、明白に「結婚してください」と申し入れたとしても、後日争いになった場合に、立証可能かどうかが問題になるケースがあります。2人きりの場でプロポーズされ、その状況を動画に残していたりするようなケースでない場合、「言った」「言わない」の争いになってしまうかもしれません。
このような場合は、事前・事後の客観的な証拠を積み重ねて立証する必要があります。例えば、プロポーズ後のメールのやりとりや、指輪を渡したかどうか、式場の下見に行ったかどうか、挙式で着る予定のドレスの予約をしたか、両家の挨拶をすませたか、挙式に友人らを招待するメールを送っていたか、招待状を送ったかといった事情に関する物が、証拠になりえます。
ウ 今回のケースは?
今回のケースでは、プロポーズの言葉はやや曖昧であるものの、互いの両親への挨拶を済ませ、式場の予約も取り、大勢の友人に結婚式の招待状を送り、いわゆる「寿退社」をしています。
このような場合で、婚約自体が認められないケースは稀でしょう。
(3) 婚約解消の意思表示をしたこと
婚約解消の意思表示がされたことも要件となります。
もっとも、実際の紛争ではあまり争われることはないものと思われます。
(4) 損害の発生とその額
ア 損害としてどのようなものを主張するのか
損害賠償請求は、婚約破棄された者が被った損害を、金銭的に評価して穴埋めしてもらうものです。この損害及びその金額については、損害を被ったと主張する側が、主張立証しなければなりません。
損害には物的損害と精神的損害があります。
イ 物的損害
物的損害としては、結婚式場のキャンセル料、新婚旅行のキャンセル料などが考えられます。
婚姻のために準備した衣装や家具類については、(客観的には)使用することができなくはないため、この購入費を損害と認めない裁判例もあります。通常は、"感情的には使用したくない"ことに理解を示す裁判官もおり、その判断は分かれています。
ウ 精神的損害
精神的損害については、具体的に金額として示すのが困難です。
このため、金額は裁判例によって大きく割れており、事件を担当する裁判官の価値観が大きく反映しているように見受けられます。
婚約破棄された側について、新居用不動産を購入していたり、妊娠して中絶に至ったような事実がある場合、婚約破棄した側について、別の人と結婚・婚約していたことを隠して婚約したような明白な非違行為がある場合には、200万円を超える高額な慰謝料が発生することがあります。他方、ケースによっては、10万円や20万円といった金額しか認められないこともないわけではありません。
慰謝料を請求する側に有利な事情としては、このほか、メンタルクリニックに通院することになってしまったこと、職場関係・友人・親戚など広く結婚式に招待してしまったこと、いわゆる「寿退社」をしてしまったこと、長期間にわたって同棲をしていたこと、結婚式の直前であったこと、婚約破棄をした側が婚姻の準備の際に様々な要求をしていたこと、話合いの機会をほとんど持たずに破棄したことなどが挙げられます。
請求する側としては、このような事情について、立証の方法を検討することになります。
(5) 婚約解消と損害との因果関係
婚約解消と(4)で取り上げた損害の間には、因果関係(相当因果関係)が求められます。
不当な婚約破棄と無関係に生じた損害については、賠償の対象となりません。
(6) 考えられる相手方からの反論
婚約解消があった場合でも、正当な理由がある場合には、損害賠償をする必要がありません。
請求された側としては、この正当な理由を主張立証していくことになります。
ただ、この正当事由は、単に「相手が思っていたような人と違った」というような理由では認められません。
過去の裁判例で正当事由が認められたものには、虐待、暴行侮辱などの行為があった場合、他人と事実上婚姻をしてしまった場合、挙式の直前無断で家出をして行方をくらませてしまった場合、社会的常識を著しく逸脱した行為があった場合などがあります。
今回のケースでも、「単に思っていたような人ではなかった」という理由であれば、正当な理由だと認められる可能性は低いと考えられます。
(7) まとめ
以上のとおりですので、本ケースでは、損害賠償請求が認められる見通しはあります。
4 当事者間での話し合いでの解決ができなかったら
(1) 弁護士に依頼する
婚約破棄に関する争いは当事者の感情のもつれが大きく、本人同士では解決の糸口が見つからないことがほとんどです。
一方当事者が法的な専門知識をもつ弁護士を代理人に付けることにより、話合いが前に進むことがあります。
(2) 家庭裁判所に調停の申立てをする
代理人弁護士を通しても話合いがつかない場合、どうしたらよいでしょうか。
最初に考えられるのは、家庭裁判所への調停申立てです。
婚約の不当破棄による損害賠償請求は、家庭に関する事件として、まず家庭裁判所に調停の申立てをしなければならないものとされています。
調停とは、家庭裁判所の裁判官や調停委員に間に入ってもらったうえで、話合いをして合意を目指す手続です。第三者である裁判官や調停委員に話合いの場に入ってもらうことで、話合いがまとまる可能性が高くなります。
ただし、あくまでも話合いによる合意を目指す手続なので、当事者が合意を拒む場合には解決に至りません。
(3) 地方裁判所または簡易裁判所に訴訟提起をする
次に考えられるのは、地方裁判所や簡易裁判所への訴訟提起をして、裁判官に判断をしてもらうことです。当事者間での合意が不可能である場合、裁判官に判断してもらうほかありません。
調停申立てをすることなく、いきなり訴訟提起しても、原則として、裁判所の判断で、調停手続に回されます。
ただ、例外的に調停を実施しても徒労に終わるおそれが極めて高い場合(例えば、相手方が調停で解決することを強く拒否して容易に軟化する気配がなく、一方で、訴訟による解決は容易である場合)は、例外的に、調停に回すことが相当でないとして、そのまま審理されることもあります。
5 当事者同士で解決が難しい場合には弁護士にご相談ください
婚約破棄に関する紛争は、感情的にこじれてしまい、本人同士の話合いではうまく解決しないことがほとんどです。
また、話合いをしようにも、そもそもその案件で法的にどのような解決が妥当であるのか判断するのも容易ではありませんし、裁判所の手続を利用する場合にも、その手続は普段なじみのない方にとって非常に煩瑣です。
法的な紛争に対するストレスをできる限り軽減しながら、早期に紛争を解決して新しいスタートを切るには、弁護士のサポートが必要です。
このケーススタディで取り上げたような婚約破棄の問題にお困りの際は、ぜひ弁護士にご相談ください。