住宅ローンが残る中での財産分与の話合いの進め方
【ケース】
私(男性)と妻は、20年前に結婚し、18歳になる娘が1人います。3年前から妻との関係が険悪になり、2年前に妻が娘を連れて実家に帰って以来、ずっと別居が続いています。今回、妻との間で、離婚に向けた話合いをすることになりました。妻からは、娘との今後の養育を考えて、財産分与のことをしっかり話したいと言われています。 妻と別居する前には、18年前に購入したマンション(私名義)で同居しており、このマンションには、現在私が1人で住んでいます(住宅ローンについては完済まであと12年かかります)。 マンションは、購入時の価格が4000万円で、現在の価格は2000万円です。住宅ローンは、1500万円残っています。マンションの購入時、私の父が頭金として500万円を援助してくれました。 私には、マンションのほか、500万円の預貯金があります。一方、妻には、400万円の預貯金があります。 |
【このケースのポイントは?】
1 まずは法律的な考え方を把握することから
財産分与の話合いの際に、法律論から離れて「これがほしい」「これは譲れない」という議論を続けていると、話合いが平行線になり、解決が困難になっていきます。まずは、法律論をそのまま適用すればどのような結論になるかを夫婦双方が把握したうえで、それをベースに話合いを進めていくことが重要です。
2 そのうえでお互いに納得できる解決策を考える
「法律論ではこのように分けるのが原則」という基本的な考え方を夫婦間で共有したうえで、お互いに納得する解決策はどのようなものかをケース・バイ・ケースで考えていく必要があります。
3 話合いがうまくいかない場合には弁護士に相談を
財産分与の話合いに住宅ローンが絡んでいる場合、「家は残したい」「住宅ローンを払いたくないので家は売りたい」「家に住み続けたい」など、夫婦それぞれの考え方にズレが生じて対立が生じるケースが珍しくありません。そのようなケースでは、弁護士に相談することをおすすめします。
【詳しい解説はこちら】
1 財産分与とはどのような制度か
財産分与は、夫婦の共同生活の中で培ってきた財産を、夫婦で公平に分配する制度です。
夫婦が婚姻している間は、このような財産は実質的に夫婦が共有するものですが、離婚をして関係を解消するのであれば、その財産を分けなければなりません。夫婦の一方は、相手に対し、このような観点から、離婚に伴って財産を分けるように、つまり、分与するように請求することができます。
2 財産分与の基本的な考え方
財産分与には、(1)清算的財産分与、(2)扶養的財産分与、(3)慰謝料的財産分与の3つの性質があるとされています。
清算的財産分与清算的財産分与とは、夫婦が協力して培った財産を、それぞれの寄与・貢献の程度に応じて公平に分ける観点から、財産分与の方法を決める考え方です。原則として、夫婦の寄与・貢献の程度は平等であると考えられていますので、財産分与の対象になる財産を洗い出したうえで、2分の1ずつ分け合うことが一般的です。 扶養的財産分与扶養的財産分与とは、妻(夫)と夫(妻)の間に明らかな経済的格差がある場合に、離婚後の妻(夫)の生活維持の観点から、財産分与の方法・額について調整を図る考え方です。 慰謝料的財産分与慰謝料的財産分与とは、不貞やDVなど離婚原因を作った夫(妻)が、妻(夫)に対して慰謝料を支払う代わりに、財産分与の方法・額について調整を図る考え方です。 |
もっとも、妻(夫)と夫(妻)の間に明らかな経済的格差があって清算的財産分与の考え方を形式的に当てはめると不相当な結果になる場合や、夫婦の一方や不貞やDVなど離婚原因を作った事情がある場合を除いては、財産分与額は、基本的に清算的財産分与をベースに検討されます。このコラムでも、清算的財産分与の考え方を前提にした解説をします。
3 清算的財産分与の考え方に基づく財産分与額の決め方
清算的財産分与の考え方に基づくと、財産分与額は、次のような流れで決めます。
(1) 財産分与の対象になる夫婦の財産を洗い出す
まずは、財産分与の対象になりうる夫婦の財産を洗い出すところからスタートします。
財産分与の対象とは、夫婦の共同生活の中で形成されたもののことです。夫婦の一方が贈与を受けた財産や、婚姻前から持っていた財産は、対象外です。
[夫の財産] | [妻の財産] |
・マンション 2000万円 | ・預貯金 400万円 |
・預貯金 500万円 |
ただし、財産分与の対象になるマンションの価値について、2000万円で評価してよいかが問題になります。なぜなら、マンションの価値を一部は夫婦の共同生活ではなく、夫の父親が頭金を捻出したことで形成されたものだからです。この頭金によってマンションの価値が上がっている分は、除外して考えなければなりません。夫の父親は、夫に対して頭金を贈与したと評価されますので、頭金の分は、夫の財産(特有財産)です。
そこで、次のように考えることができます(※異なる考え方もあります)。
マンションの購入時の価値は4000万円でしたが、そのうち500万円部分は、夫の財産によって形成されたものです。つまり、“500万円/4000万円 = 1/8”は、財産分与の対象とすることが不相当といえます。
そこで、財産分与の対象となるマンションの価値は、2000万円ではなく、1750万円(2000万円×[7/8])と考えるべきです。
[夫の財産] | [妻の財産] |
・マンション 1750万円 |
・預貯金 400万円 |
・預貯金 500万円 |
(2) 夫婦の共同生活の中でできた債務を差し引く
財産分与の額を算定するうえでは、単に財産を加算していくだけではなく、夫婦の共同生活の中でできた債務を差し引く必要があります。
このケースであれば、住宅ローンは夫婦の共同生活の中でできた債務ですので、財産分与の額を考えるうえでマイナス評価しなければなりません。
[夫の財産] | [妻の財産] |
・マンション 1750万円 | ・預貯金400万円 |
・預貯金 500万円 | |
・住宅ローン -1500万円 | |
[計]750万円 | [計]400万円 |
(3) 夫婦の一方から相手に対していくらの財産分与をすればよいかを計算する
清算的財産分与の考え方に基づいて、[夫の財産]と[妻の財産]が同じ額になるようにするためには、夫が妻に対していくらの財産を渡せばよいかを考えます。次のように計算することができます。
750万円 - (750万円+400万円) ÷ 2
= 750万円 - 575万円
= 175万円
(4) 結論
以上のとおり、このケースであれば、夫は、妻に対して、預貯金の中から175万円を渡せばよいことになります。
4 妻側が「自宅に住みたい」と主張した場合はどうすればよいか
このケースにおいて、妻側が“家を残して自宅に住みたい”と主張した場合は、どうなるでしょうか。
財産分与で妻側がマンションの所有権を取得するのであれば、妻側は、2000万円の資産を手にする形になります。そうすると、妻側は、夫側に対して、1825万円[2000万円-175万円]に相当する資産を渡さなければならないことになります。
しかし、妻側には400万円の預貯金しか資産がありませんので、このような解決は困難です。
仮に、妻側の要望をかなえるのであれば、例えば、妻に対して自宅を一定期間について貸したうえで、賃料を受け取る代わりに、一定の賃料を支払ってもらうような交渉が考えられます。
5 自宅の時価をどうやって算定するか
このケースでは、事案を簡単にするために、自宅の時価が2000万円であることが明らかであることを前提にしました。
もっとも、現実に財産分与の話合いを進める際には、そもそも自宅の時価をどのように評価するかが問題になります。
不動産鑑定士に依頼すると費用がかかるため、一般的には、不動産業者に査定依頼をするケースが多いです。ただし、不動産業者の査定は、本来の相場額よりも高めに出ることがありますので、注意が必要です。不動産業者の査定額をベースに話合いを進めるのであれば、複数の不動産業者に査定を依頼することが望ましいです。
6 うまく話合いが進まない場合は弁護士にご相談ください
基本的な考え方は以上のとおりですが、実際の話合いでは、夫婦間の考えに大きなズレが生じ、対立してしまうことが少なくありません。
例えば、住宅ローンが連帯債務になっている場合は、離婚のタイミングで連帯債務を解消したいと求められるケースがあります。このようなケースでは、債権者である金融機関との話合いが必要になります。ただ、金融機関が連帯債務の解消に応じないケースも多いため、その場合にどのように折り合いを付けるかが課題になります。
また、自宅を売却して現金化するか、それとも、そのまま残すかで、対立が生じるケースもあります。
お互いの考えがぶつかって話合いがうまく進められない場合には、弁護士にご相談ください。どのように進めていけば、お互いに納得する形で解決に向かえるかを、専門家の立場からご一緒に考えます。