弁護士法人 みお綜合法律事務所神戸支店
2022.10.26
フリーランスのトラブル

フリーランス保護新法について弁護士が考える

1 フリーランス保護に向けた新たな動き

2022年9月、厚生労働省の労働政策審議会から、「フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性」という資料が公表されました。これは、フリーランスで働く方の数が大きく増加している一方で、フリーランスに関する法整備が進んでいない現状を踏まえて、フリーランスを保護するための新たな法律(フリーランス保護新法)を制定しようという方向性を示したものです。

労働基準法をはじめとする様々な労働法制によって保護される労働者とは異なり、フリーランスは、(独禁法や下請法を除いて)法律上の明確なルールによって保護されてはいません。その点がフリーランスの自由な働き方を許容するメリットでもある一方で、様々なトラブルを生む要因となっています。

このコラムでは、「フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性」の概要についてご紹介したうえで、フリーランス保護新法のあり方について弁護士の視点から考えてみたいと思います。

2 「フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性」の概要

はじめに、「フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性」において、フリーランス保護新法の方向性がどのように示されているのかをご紹介します。

(1) 契約時に書面やデータの提供を義務づける

フリーランスのトラブルでしばしば見られるのが、契約内容が曖昧であるがゆえのトラブルです。

例えば、成果物をどこまで作りこまなければならないかが契約上曖昧になっているために発注者から何度もやり直しを求められたり、「成果物の出来が悪い」と発注者からクレームを受けて報酬を一方的に減額されるようなことがあります。また、継続的に発注を受けているケースでは、ひどい待遇を受けて契約関係を解消したくてもやめさせてもらえなかったり、途中で契約関係を解消しようとすると違約金や損害賠償金を請求されたりするケースも多くあります。

このような問題を受けて、フリーランス保護新法では、委託内容や報酬額などをきちんと書面やデータで明確にしなければならないことが義務づけられる予定です。また、継続的な業務委託の場合には、委託内容や報酬額などのほか、契約の期間や終了理由、中途解約の場合の取扱いなども書面やデータで明確にしなければならないことが義務づけられる予定です。

(2) 契約の中途解約や不更新の場合の事前予告を義務づける

労働者の場合は、無期契約の場合の解雇予告のルールや有期契約の場合の雇止めのルールによって、契約関係の解消について保護が図られています。しかし、現在、フリーランスについては、契約関係の解消について法律上のルールがありません。

フリーランスのトラブルでしばしば見られるのが、フリーランスが発注者の要望を受け入れなかった場合に、即時解約をされる(あるいは、"即時解約"か"要望の受入れ"か2択を迫られる)ケースです。

このような問題を受けて、フリーランス保護新法では、(1)フリーランスからの求めにより契約終了事由を明らかにしなければならないこと(労働者でいう退職証明の交付請求に近いものと考えられます。)や、(2)契約の中途終了や不更新の場合に原則30日前の予告を義務づける予定です。

(3) フリーランスの募集に際してのルールを定める

フリーランスのトラブルにおいてしばしば見られるのが、発注前に受けた待遇と、実際に仕事を始めてからの待遇が違うというケースです。

このような問題を受けて、フリーランス保護新法では、(1)フリーランスの募集情報の正確な表示をすることや、募集情報と契約内容が異なる場合にはその説明をすることを義務づける予定です。

(4) 報酬の支払時期についてルールを定める

フリーランスのトラブルにおいてしばしば見られるのが、成果物を納品したにもかかわらず、なかなか検収を進めてもらえず(あるいは、正当な理由なく検収不合格の通知を何度も受けて)、報酬を長期間にわたって受け取れないケースです。

このような問題を受けて、フリーランス保護新法では、成果物などの提供時から60日以内の報酬支払を義務づける予定です。これは、下請法において定められているルールを、フリーランス一般に拡大するものです。

(5) フリーランスの取引における禁止行為を定める

(1)から(4)まででご説明したものをはじめ、フリーランスは、発注者から様々な理不尽な要求を受けるケースがあります。フリーランス保護新法では、フリーランスが一般的に受けやすい定型的な問題を、フリーランスと取引を行う事業者の禁止行為として明文化する予定です。具体的には、次のような行為が禁止対象になります。

禁止対象とされる行為は、いずれも、民法上はフリーランスが応じる必要のないものです。ただ、フリーランスと発注者との間に実質的な上下関係・優劣関係が存在する場合、発注者の要求に(たとえ法的義務がなくても)従わざるを得ないケースはよくあります。禁止対象を法律で明確にすることで、発注者のフリーランスへの強要行為を自制させ、さらには、そのような行為を続ける発注者に対して行政上の指導・勧告・公表・命令を可能にする効果があります。

ア フリーランスの責めに帰すべき理由がないのに成果物の受領を拒否すること

例えば、「デザインのイメージが思っていたのと違う」として、何度もやり直しをさせるケースが考えられます。

イ フリーランスの責めに帰すべき理由がないのに報酬を減額すること

例えば、ライターに対して「こんな下手な文章にお金はまともに払えない」と言いがかりをつけて、報酬を一部しか払わないようなケースが考えられます。

ウ フリーランスの責めに帰すべき理由がないのに返品すること

例えば、成果物を受け取った後に、「イメージが思っていたのと違っていた」として、返品するケースが考えられます。

エ 通常の相場に比べて著しく低い報酬額を不当に定めること

例えば、フリーランスから誠実な交渉を行わず、不当に安価な報酬を条件に著作権を譲渡させるようなケースが考えられます。

オ 正当な理由がないのに発注者が提供する物品の購入やサービスの利用を強制すること

例えば、ライターの仕事を始めようとするフリーランスに、自社で販売するPCの購入を義務づけるようなケースが考えられます。

カ 自己のために金銭、サービスその他の経済上の利益を提供させること

例えば、カメラマンに対し、会場の設営も無償で手伝わせるようなケースが考えられます。

キ フリーランスの責めに帰すべき理由なく給付の内容を変更させたり、やり直させたりすること

例えば、Webサイトの制作を依頼した後、追加報酬を支払わずに、制作中に何度もデザインの変更を求めるケースが考えられます。

(6) ハラスメント対策やワークライフバランスへの配慮のルールを定める

労働者については、ハラスメントへの対策を講ずべき義務が使用者に課されており、ワークライフバランスについては、産前産後休業や育児休業、介護休業の制度をはじめ、様々な法規制があります。しかし、これらのルールは、労働者性のないフリーランスには適用されません。

これを受けて、フリーランス保護新法では、ハラスメントへの対策を講ずべき義務やワークライフバランスに配慮すべき義務が明文化される予定です。

(7) その他の規定について

フリーランス保護新法では、様々なルールの実効性を高めるために、事業者の違反行為に対して、行政上の措置として助言・指導・勧告・公表・命令を可能にすることが定められる予定です。また、フリーランスが事業者の違反行為を申告することができる窓口が設置される予定です。

3 フリーランス保護新法によってフリーランスはどこまで守られるか

これまでフリーランスを保護する法律がほとんどなかったことを考えれば、フリーランス保護新法は画期的なものです。ただ、実際にフリーランス保護新法がフリーランスの保護につながるためには、単に法律が制定されるだけでは不十分です。

第1に、フリーランス保護新法は、行政上の措置が実効的なものにならなければ、形骸化してしまう懸念があります。労働者の場合、使用者の違法行為に対しては労働基準監督署が対応する仕組みになっており、"臨検"や"是正勧告"によって使用者が指導に従わざるを得ないように工夫されています。フリーランス保護新法においても、それに近い仕組みができなければ、フリーランスの実効的な救済は図れないように思われます。

第2に、世の中の意識改革も重要です。フリーランスは"自由な働き方"というイメージが定着しているため、世の中に"フリーランスは、労働者ほどの保護は必要でない"という意識があります。しかし、フリーランスの実態をみると、発注者の要求に事実上従わざるを得ず、"自由な働き方"とはほど遠い環境を余儀なくされているケースが少なくありません。たとえ新法ができたとしても、このような世の中の意識が変わらない限りは、フリーランスの実効的な救済は図れないように思われます。

4 フリーランス保護新法に期待すること

フリーランス保護新法が形骸化ルールにならず、実効性のあるものになれば、現在のフリーランスが抱える多くの問題が解消していくことが期待されます。形骸化ルールになるか、実効性のあるルールになるかは、行政上の措置を担う窓口の設置に向けてどれほどの人的リソースや予算が確保されるか、そして、世の中の意識改革に向けた取組みがどれほど積極的に進められるかにかかっています。

5 フリーランスのトラブルでお困りの方へ

当事務所では、フリーランスとして働く方のトラブルについて、法律相談や顧問契約など、様々なサービスをご提供しています。遠方からのご相談もオンラインで承っておりますので、お困りの際は、ぜひ当事務所にお問い合わせください。

 

このコラムを書いた人

弁護士石田優一
兵庫県弁護士会所属 68期 登録番号53402
みお神戸支店長、パートナー弁護士。社会保険労務士、登録情報セキュリティスペシャリストの資格を持ち、くらしの身近な相談から、企業法務、IT法務、ベンチャー支援まで、幅広く注力する。弁護士として神戸・兵庫に貢献できることを日々探求している。

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